『天国の南』 ジム・トンプスン著

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天国の南

『天国の南』

著者
Thompson, Jim [著]/小林 宏明 [訳]/トンプスン ジム [著]
出版社
文遊社
ISBN
9784892571411
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『天国の南』 ジム・トンプスン著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

若き日映す過酷な労働

 私がジム・トンプスンを知ったのはサム・ペキンパー監督の映画『ゲッタウェイ』の原作者としてだった。ドクとキャロル、ふたりの銃撃と暴力の逃避行にシビれて、手に取った原作のさらにダークな世界にまたシビれたが、トンプスン作品の日本への紹介はなかなか進まなかった。もどかしく思っていたら、二〇〇〇年代に入ってどっと翻訳ラッシュ、熱狂歓喜した同好の読者も多かったに違いない。そのブームもいつしか落ち着いて、そこに本書である。

 トンプスンといえば、暴力と狂気の犯罪小説、ハードでダークなノワール小説、多くは悲劇に終わる絶望どん底な物語なのに、そこになぜか一閃(いっせん)の光芒(こうぼう)がきらめいて、いちどハマると抜け出せない。そんな「ダイムストア(安物雑貨店)のドストエフスキー」と称されて余人の追随を許さぬ唯一無二の作家の久しぶりの本書だが、一読、おどろいた。まるで青春小説ではないか。

 一九二〇年代、米テキサスの荒野、内陸油田からメキシコ湾への油送パイプライン建設現場が舞台である。六百人もの男たちがキャンプに寝泊まりしながら過酷で危険な肉体労働に追われ、暴力も死も日常茶飯、近くの町はときならぬ好景気に沸き、物騒な男たち女たちが集まる。ワケあって渡り労働者の群れに投じた天涯孤独の二一歳の青年が相棒と組んで現場で働くうちに、不穏な動きに巻き込まれ、恋にまで落ちて、その運命がスリリングに転がり始める。

 青年はいつか渡り労働者から足を洗おうとキャンプでひとり詩作に励む。まわりの男たちもいつまでもここにいてはいけないと背中を押す。トンプスンも同時代にテキサスの油田で働いた。一九〇六年生まれだから、主人公と同世代だったか。いつもとちょっと違った瑞々(みずみず)しい物語は、還暦を迎えて若き日々を回顧した作品だからかもしれないが、これもまたいい。ところで本作に、ドストエフスキーならぬ『怒りの葡萄(ぶどう)』を連想したのは私だけだろうか。小林宏明訳。

◇Jim Thompson=1906~77年。米オクラホマ州生まれ。小説に『取るに足りない殺人』など。

 文遊社 2500円

読売新聞
2017年9月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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