「世界一訪れたい国」になるために日本がすべきこと

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世界一訪れたい日本のつくりかた

『世界一訪れたい日本のつくりかた』

著者
デービッド・アトキンソン [著]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784492502907
発売日
2017/07/07
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「世界一訪れたい国」になるために日本がすべきこと

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

世界一訪れたい日本のつくりかた』(デービッド・アトキンソン著、東洋経済新報社)の著者は、ゴールドマン・サックスを経て小西美術工藝社社長となり、日本の伝統文化を守るべく国宝や重要文化財の修復に尽力する人物。日本の「観光」の可能性に注目し、ベストセラーとなった『新・観光立国論』においては、世界有数の観光大国となれる日本の可能性を示してみせました。そのコンセプトをもとに書かれた本書においては、日本が「6000万人の外国人観光客」を招致できる「観光先進国」になるためにすべきことを解説しているわけです。

まず注目すべきは、日本の現状についての考え方です。外国人観光客が2016年に2400万人を突破したとはいえ、それは通過点にすぎず、「やるべきこと」をやれば日本は「世界一訪れたい国」になるはずだと断言するのです。

それだけ多くの外国人が訪れてくれるとなれば、当然ですが国内のさまざまなところでお金を使ってくれます。これまでは日本人だけが相手だった、観光とは無関係だと考えられてきたさまざまな産業にも、6000万人という「新規顧客」が訪れるのです。

このチャンスを見逃す手はありません。観光は、元気のない日本経済を活性化できる、最高の手段なのです。

本書では、そのために「日本がやるべきこと」を、私の分析と体験をもとにご紹介させていただきます。(「はじめに」より)

きょうは、第5章「『誰に・何を・どう伝えるか』をもっと考えよう」に焦点を当て、いくつかのポイントを抜き出してみたいと思います。

日本は外国人に冷たい国?

欧州とアメリカにおいて、「日本に対してどういうイメージを持っているか」を聞いた海外のある調査結果があるそうです。著者はそれを見て驚いたのだとか。というのも、もっとも多いイメージは「unwelcoming(歓迎されない)」「cold(冷たい)」だったというのです。つまり、「日本人は外国人観光客に冷たい」「本心ではあまり来てもらいたくないと考えている」と思われているということ。

観光PRのなかでは「おもてなし」という言葉がよく使われますし、実際、自分たちのことを「外国人に親切で、よその国に負けないくらいあたたかく迎えている」と考えている日本人は少なくないはず。ところが「客」側の多くは、正反対のイメージを抱いているということ。とはいえ、この認識のギャップは不思議なことではないとも著者はいいます。まず、「冷たい」「歓迎されない」と思われる要因として、次のような点が考えられるというのです。

・ 英語などの表記がない

・ 英語などの表記が間違っている

・ クレジットカードが使えない場所が多い

・ ネット予約できる店や施設が少ない

・ 交通機関などのインフラの外国人対応が不完全

(181ページより)

これらの多くは、だいぶ改善されているようにも思えます。しかし、著者に言わせればまだまだ完璧ではなく、だから結果的には、それがよくない印象につながってしまうということ。なお「英語の表記が間違っている」のは、ある意味では仕方がないという気もしますが、公共の場ですら英語が間違っていると、「本気で訳していない、そこまで歓迎していない」と受け止められてしまうのです。

さらにもうひとつの問題は、日本社会には多くのルールがあり、外国人観光客に対してもそのルールを全面に押し出して情報発信しているところだといいます。たとえば文化財には、外国人にも理解できるようなわかりやすい解説がほぼ皆無。なのに禁止事項はこれでもかというほど羅列されている。外国人へ魅力を伝えようという努力はほとんど感じられないのに、「これはやってはいけません」という注文をいくつもつけるということは、(そのような意図がなくとも)上から目線と受け止められかねないというのです。

つまり著者が指摘しているのは、情報発信の「偏り」が外国人観光客に冷たい印象を与えている恐れがあるということ。低次元な話ではあるのもの、外国人が「客である以上、不愉快な印象を与えない工夫が求められる」という考え方です。(180ページより)

欧米人は「マナー」という言葉に敏感

もちろん、日本のみなさんにそのような悪意がないことは、28年間日本に暮らしている私はよくわかっています。単純に、これまでは国内観光客への対応に終始し、長らく本格的な海外競争をしてこなかったがゆえの「偏り」だということは容易に想像できます。

ですが、日本を初めて訪れた外国人はどうでしょう。この国は我々をなにやら悪者のように見ている。そう勘違いして、日本にいいイメージを抱かないかもしれません。(183ページより)

そうした誤解を引き起こす最たる例が、観光地や文化財などの観光スポットにあふれる「マナー遵守」の注意喚起だというのです。そして著者はこの「マナー」という言葉の使い方に、大きな問題を感じるのだそうです。

英語圏の人間にとって、ルールは「決まり」で、マナーは「品格」に触れること。つまり「正しいマナー」と言われると、それを知らない人は下品で、教養がないことになるというのです。しかも英語である以上、日本人が欧米人とは別のニュアンスでこの単語を使っているということは理解されず、不要な反感を買ってしまうというわけです。

「お互いのためにマナーを守りましょう」などという注意喚起は、日本のマナーを理解していることが大前提。しかし当然ながら、外国人観光客の多くが、日本のマナーをすべて理解しているわけではありません。にもかかわらず、いたるところに「マナー遵守」の警告があふれていると、それが「この国はルールを守らない人を猛烈に悪者扱いしている」という印象を与え、マナーを知らない外国人観光客たちを不安に陥れるというわけです。特に欧州人は、マナーという言葉に敏感だといいます。(183ページより)

必要なのは相手の立場に立った「伝え方の工夫」

「だったら、日本に来る前にしっかりとマナーを勉強しろ、『郷に入れば郷に従え』というじゃないか」という考え方もあるでしょうが、海外旅行を楽しむ日本人観光客も、そこまで厳密に郷に従っているわけではないと著者は指摘しています。それに、「楽しみ」を求めてやって来る外国人観光客にそこまでの苦労を強いたのでは、「従えと言われても難しそうだから、郷に入るのはやめておこう」と判断されても不思議はありません。

もちろん、地域住民のためのマナーやルールをしっかり守ってもらうことは大切。しかしその一方、あまりにも大きい禁止事項のウェイトを再考したり、異なるマナーを持つ人々のために「マナー遵守」の表現をもう少しソフトにするなどの「調整」も必要になってくるのではないかということ。つまりはプラスの情報とマイナスの情報のバランスや、伝え方の工夫が重要だという考え方です。たとえば「公園での正しいマナー」という表現を「公園の楽しい使い方」にするなど、細かい調整が求められているということ。(185ページより)

パンフレットはいまのままでいいのか

大切なのは、相手の立場に立って、伝え方を工夫することだと著者はいいます。さらには、相手にどこまで知ってもらうか、それを知ることで相手にどんなメリットがあるのかを考えることが必要だとも。それこそが、日本人の「おもてなし」の心だというのです。

では、具体的になにをすべきなのでしょうか? この点について著者は、まずは外国人観光客へ向けて日本のPRを行うウェブサイト、SNS、パンフレット、交通機関やレストランの外国語案内、文化庁などの観光スポットの解説やガイドを、外国人目線で整備することだと記しています。

日本の観光戦略における「情報発信」には、まだ多くの問題点が山積しているといいます。そして、そのことについて語るにあたり、著者は自身が特別顧問を務めている京都・二条城を例に挙げています。近年は二条城の御殿内部と外部の解説や、パンフレットの整備が徐々に進んでいるそうですが、その整備に関わって感じたことがあるというのです。

ひとつは、1冊の外国人向けパンフレットのなかで、同じ内容をいくつかの言語で説明していること。たしかに、英語やフランス語など、さまざまな言語による解説が1冊のパンフレットにまとめられているというのはよくある話です。しかし手にとる側は自国の言葉のところしか読まないもの。よその国の言葉があるぶんだけ、得られる情報量が減ってしまうわけです。そこで1冊ずつつくるように改めるべきだと主張し、二条城ではそれが実現したのだそうです。

もうひとつが、パンフレットにあまりにも「いらない情報」が多く詰め込まれており、本当に入れなくてはいけない歴史的背景やドラマなどが紹介できていないという問題。

たとえば、日本全国のさまざまな観光地にあるパンフレットには、ほぼ間違いなく「交通アクセス」が記されています。パンフレットの最後のページには、住所、電話番号、営業時間、地図、車、電車などの利用交通機関ごとの所要時間、駐車場の有無まで、アクセスにまつわる情報がびっしり。ただ、パンフレットを手にする観光客の大多数は二条城にたどり着いている。つまり冷静に考えると、これはおかしなことだと著者は言うのです。

観光案内所などでも配布するのですから、ていねいなアクセス案内は必要だという考え方もあります。しかし、いまはネットの時代。なにより、文化財や自然観光などの場合、アクセス情報よりも大切な情報は山ほどあるはず。相手が外国人観光客であればなおさらで、だからこそ「それでいいのか?」という視点を持つことが大切だと著者は主張しているのです。(188ページより)

著者はある意味において、「日本人よりも日本人的」。しかし当然ながらイギリス人としての立場に基づく客観的な視点も備えています。本書の主張に説得力があるのはそのおかげかもしれません。

国ごとの考え方の違いも影響してくるだけに解決すべき問題も少なくはありませんが、だからこそ、今後の日本のあり方を考えていくにあたって読んでおく必要があると思います。

メディアジーン lifehacker
2017年9月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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