同じ噺でも異なる演出 「名作落語」はどう継承されてきた?

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噺は生きている

『噺は生きている』

著者
広瀬和生 [著]
出版社
毎日新聞出版
ISBN
9784620324593
発売日
2017/07/26
価格
1,760円(税込)

昭和30年代の名人から今に至る落語の進化を見る

[レビュアー] 立川談四楼(落語家)

 落語ブームだと言う人と、いやそうじゃないと言う人がいる。しかし落語に関する書籍は次から次へと出て、めでたい限りです。

 中でも本書は、中・上級者向けのもの。落語を聴き込んでくると、「あれこの噺、同じ噺なのに演者によってセリフや演出が違うぞ」と気がつきます。そこを深く掘り下げた、かつてない画期的な一冊なのです。

 落語、すなわち落とし咄は、江戸期に東西ほぼ同時に興(おこ)った芸能ですが、本書では音源の残る昭和三十年代の名人から語られます。八代目桂文楽、五代目古今亭志ん生、六代目三遊亭圓生(えんしょう)といった人達です。「現代落語の原点とも言える『昭和の名人』世代から出発して、それを進化させた談志・志ん朝世代、その後輩や弟子たち、さらに今の若手へと時代を下りながら、名作落語がどのように姿を変えながら継承されてきたか、具体的に検証している」と著者が言う本なのです。その検証の時間を考えるだけでも気が遠くなり、そしてありがたいわけです。

 ストーリー性のある『芝浜』『富久』『紺屋(こうや)高尾と幾代餅』『文七元結(もっとい)』という演目に検証がなされるのですが、ここでは『芝浜』を少しだけ紹介しましょう。元は地味なこの演目を「文学的な香りのする作品」に仕上げたのは三代目桂三木助です。作家・安藤鶴夫の助言で風景描写に力を入れたのです。

「よくできた女房とダメ亭主」が『芝浜』に共通する図式ですが、三木助『芝浜』の内容は夫婦愛を描いた短編映画のようで、当時としては新しく、昭和三十年代の空気に見事にマッチしたのです。

 そこへドラマを持ち込むのが談志です。泣かせる人情噺『芝浜』の「源流は間違いなく談志である」と著者は言います。一方、志ん朝はどう演じたか。続く若手たちは……。著者は言い続けます。「一つの演目が一つの型に固定化されることは決してない。噺は、生きている」と。

新潮社 週刊新潮
2017年9月21日菊咲月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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