生きるのに不器用な人に力強く薦めたい 『厭世マニュアル』ほか

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生きるのに不器用な人に力強く薦めたい

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 北海道は琴似に暮らす「くにさきみさと」は、レンタルビデオ店で働く二十二歳。人付き合いが苦手な彼女は、日常的にマスクを着用していないと落ち着かず、勤務中もマスク姿のため他のスタッフから疎まれている。だが、彼女を目の敵にする新人バイトやお節介な先輩に振り回されるうち、他者と向き合わざるを得なくなり……。第6回野性時代フロンティア文学賞を受賞した阿川せんりのデビュー作『厭世マニュアル』は、内向的な一人の女性の劇的な変化を描く。しかし、孤独な人間が周囲のおかげで協調性を獲得し幸せになる、といったぬるい話ではない。秀逸なのは、自信を持てない一人の人間が、それでも自分は自分なんだと自覚する過程が描かれる点。主人公のとぼけた語りも魅力的だが、終盤の開き直りは実に痛快だ。内向きな自分を変えなければと苦しんでいる人がいたら、力強く本書を薦めたい。

 フロンティア文学賞の選考会では、森見登美彦氏が本作を強く推したというが、それも納得。彼自身、鬱屈した青春を過ごす不器用な人たちを多く描いてきた。デビュー作『太陽の塔』(新潮文庫)は、交際していた女性にふられた京都大生が、自分がなぜ袖にされたのかを研究すべく彼女を観察する。本人は認めないが、もはやストーカーである。しかしその妄想力を暴走させた、しゃちほこばった語りがなんとも可笑しく、憎めない。イタイ失恋体験をユーモラスに語りながらも、もがいてもがいて再生していく姿は切なく、愛おしい。

 大人だって不器用だ。歌人・エッセイストとして人気の穂村弘現実入門』(光文社文庫)は、四十歳を過ぎて結婚も独り暮らしもしたことがない著者が、未経験の事柄にひとつずつ臨んでいく体験記である。献血、モデルルーム見学、合コン、一日お父さん、独り暮らし……。懸命に「現実」に向き合って冷や汗をかきっぱなしの姿が微笑ましい。終盤には本作の企みが明かされて唸らせるが、自分の経験値の低さを楽しい読み物に昇華できる知性とセンスに脱帽。

新潮社 週刊新潮
2017年9月21日菊咲月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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