「物語」に没入するより「思い出」共有のために
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
「コト消費」―数年前から目につくようになったワードだ。今の市場においては、所有する価値(=モノ)よりも体験する価値(=コト)に重きが置かれているのだという。ちなみに「コト」の中には、人間関係から「思い出の共有」なんて要素まで含まれるらしい。
そんな現代の複雑怪奇な消費の在り方に、ひとつの補助線を引いてくれるベストセラー小説が『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)。著者の「燃え殻」は有名ツイッターユーザーながら、文芸シーンではまったく無名の新人だ。にもかかわらず、4刷7万4000部という数字に出版界がざわついている。
主人公は43歳の男。昔の彼女にフェイスブック上で再会してしまったことから「あの頃」の景色の記憶に呑みこまれていく。要するに脳内センチメンタルジャーニーだ。オザケンにはじまり、WAVEの袋、中島らも、仲屋むげん堂……90年代を象徴する記号がこれでもかと詰まった世界に、アラフォー男子の多くが溺死するのも無理はない。
とはいえ実際の購読者の半数は女性、しかも著者より一回り下の世代が多いというから驚いた。だってこの主人公、くだんの彼女のことを敢えて「最愛のブス」と表現してみせたり、ねじくれた愛情に陶酔しているようにも見える。そんなおじさんの“私語り”、好感度はけっして高くない、はず。
「作中で“男と女”にまつわるフレーズを強調しているせいか、そういう男性のしょうもなさも含めて男女のコントラストを面白がってくれているようです」とは担当編集者の弁。しかもそこに、SNS時代ならではの要素も加わっているらしい―その意外すぎるキーワードとは、ずばり「インスタ映え」(!)だ。
「みなさん作中の小道具やシチュエーションと絡めて自分の現況やそれぞれの思い出の写真を投稿してくださるんですよ」(同前)。つまり「主人公の物語」に没入するのではなく、あくまで「自分語り」をシェアするための装置として機能している―コト消費、ここに極まれり。