『心中旅行』
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『心中旅行』刊行記念インタビュー 花村萬月
――まずはこの作品を構想したきっかけを教えてください。
花村 二月に、家族で流氷を見に北海道へ車とフェリーで行って、オホーツク海側に出たら見事に猛吹雪だったことがあったんです。その中を走っているときに、ふと思いつきました。
――それは、いつ頃のことですか?
花村 三年か四年前です。暴風雪警報が出ていて、テレビでも車の運転は控えるようにと、画面の横に警告ばかり出ていました。いやあ、凄まじかった。地元の車が走っているんだけど、みんな遠出していないので、ひたすら走っているのは俺だけというね(笑)。
――『心中旅行』という、そのままずばりのタイトルは最初から決まっていたのですか?
花村 題名は決まっていました。一家が死にに行く話と。あとは、主人公の職業をどうしようかなと。俺は勤めたことがないから、一番業態がわかりやすい編集者にしました。
――主人公の澤野逸郎が働く小説誌の編集部では鬱に始まり、さまざまな不定愁訴が蔓延していきます。澤野自身は発症はしていないけれども、自分は薬理によって症状が発生しているんじゃないか、という分析が出てきて興味深かったのですが?
花村 俺も澤野と同じ睡眠時無呼吸症候群になったんです。睡眠クリニックでCPAPを勧められたんだけど、作動音がうるさくて寝られないので、睡眠導入剤をもらうようになって。それで、面白いからいろいろなものをもらって(笑)。ちょっと人体実験をしてみました。
――澤野の独白のような文体ですが、書いていて難しかったことなどはありますか?
花村 俺はわりとスラスラ書いちゃうので、「もう少し考えたほうがいいのかな~」と思いつつ、「まあいいや、いっちゃえ、いっちゃえ」という感じで(笑)。
――わりと、なりきっている感じで書かれるんですか?
花村 そうだね。いま他社で書いている作品が女の一人称なので、もうほんとに女になっているよ。
――キャラクターを作る時は、モデルがいるのですか?
花村 いない。それがあると、途端に筆が鈍るんだよね。
――完全に虚構というか、自分の中で。
花村 うん。たとえば、多少頭が薄くなっているとか、勢いで書くけれども、具体的な顔は一切ない。言葉が言葉を生んで、勝手に走っていく感じだね。昔はキャラクターの顔を思い浮かべていたけど、いまはゼロだね。筆の勢いで顔の描写をしてしまうときもあるけど、そのときに初めてその顔になるという感じで、あえて実体を排除している。
――人物が絵として見えているわけでもない。
花村 何となくはあるけれども、のっぺらぼうかもしれない。
――今作には作家の「△△先生」「◎◎先生」とか、「レストランオーナーその他自営業三十六歳」とか、まさに記号のままのような人物が出てきます。顔があってもなくても構わないというか。
花村 まさに、あってもなくても、というよりないほうが都合が良くて。周辺の景色だけは見えているんだよね。編集部のコピー機だとか。
――確かに、北海道の場面もそうですし、京都からフェリーへの道中、渋滞して動かないとか、雪がこう降っているとか、読んでいて景色が浮かんできます。
花村 それは嬉しいね。実は、片方で紀行文を書いているつもり(笑)。
――澤野の不倫の相手、豊嶋が非常に印象的で、魅力がありました。
花村 まあ、俺の願望ですね(笑)。鉛筆を折っている絵が浮かんだときに、「やった!」と思った。
――豊嶋はどういうつもりで澤野と不倫していたのでしょうね?
花村 たぶん、後付けになっちゃうけど、現実をつかみたかったんじゃないかな。女は、子供を産むという方法で現実をつかみ取ることができるから。男はねえ……。「あなたの子供」と言われても自信がないよね、突き詰めると「DNA」とか言いだしかねない。
――現実をつかむ、というと、男の場合はどういうことで可能なのでしょう?
花村 せいぜい仕事に励むしかないけど、仕事も虚構っぽいよね(笑)。成果が上がればそれは嬉しいけど。
――それで、お金だとか、車だとかに執着していくんですかね。
花村 物に対してね。
――ストーリーは最初から固まっていたんですか?
花村 「北海道に、死にに行く」しかない(笑)。
――澤野の睡眠時無呼吸の描写から物語が始まりますが?
花村 たぶん、眠りというのは死なのかなと。夜毎訪れる死。俺なんかは、睡眠時無呼吸症候群で、もはやうまく死ねない状態になっている。意外と、俺だけでなく、眠りたい、つまり毎晩死にたいのに死ねない人は多いみたいだね(笑)。