『かくて行動経済学は生まれり THE UNDOINGPROJECT』 マイケル・ルイス著

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かくて行動経済学は生まれり

『かくて行動経済学は生まれり』

著者
マイケル・ルイス [著]/渡会圭子 [訳]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784163906836
発売日
2017/07/14
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『かくて行動経済学は生まれり THE UNDOINGPROJECT』 マイケル・ルイス著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

新人間像示した2学者

 著者はベストセラー『マネー・ボール』で知られるノンフィクション作家。MLBの弱小球団がデータ分析を活用してチームを改革した実話で、映画化もされた作品である。

 その彼が本書で描くのは、経済学で用いられてきた期待効用理論(人は効用を最大にするよう行動する)とは異なるモデルを示すなど、人間の判断や意思決定の仕組みについて革新的な成果を残したイスラエル人心理学者、エイモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンの物語だ。

 彼らはいかにして後に「行動経済学」の土台となる発見をし、合理的でも論理的でもない新しい人間像を提示したのか。著者がこのテーマに取り組んだ理由が、『マネー・ボール』出版後に掲載された一本の書評だったという話が興味深い。専門家ですら判断が歪(ゆが)められてしまうという命題は、すでに二人の心理学者が解いている――そんな指摘をきっかけに、全くのゼロからこれほど重厚な評伝を描き上げてしまうとは……。

 ただ、本書は彼らの研究の基本的なエッセンスを幅広く学べるものの、それ自体を期待すると少し肩透かしを食らう。著者の関心はあくまでも二人の学者の足跡を描くことにあるからだ。カリスマ性豊かな天才肌のトヴェルスキー、後にノーベル賞を受賞するカーネマン。全くタイプの異なる研究者だった二人は、中東での紛争の最前線に軍人として立ってきた経験を背景に、様々なアイデアの検証を進める。そのうちに互いの人生が深く交錯していく人間ドラマが、本書の最大の読みどころとなっている。

 研究者として名声を得た後、周囲からの評価をめぐって二人は複雑な感情にからめとられる。その過程を読んでいると、人間に対する理解をこのように深めた研究者であってなお、厄介な嫉妬の感情からは逃れられないのか、と切ない。そうして読後に深まるのは、結局は「人間」というものの不可思議さであった。渡会圭子訳。

 ◇Michael Lewis=1960年米ニューオーリンズ生まれ。著書に『ライアーズ・ポーカー』など。

 文芸春秋 1800円

読売新聞
2017年9月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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