“信長の弟”は戦いをどう生きのびたのか 戦国小説の傑作

レビュー

8
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有楽斎の戦

『有楽斎の戦』

著者
天野 純希 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062207119
発売日
2017/08/23
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

あの覇王・信長の弟は如何に戦いを生きのびたのか

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 本書のはじめの二ページを読んで、これは、と思わずページを繰る手がとまった。

 素晴らしいのである。

 何が、と問われれば、それは天野純希が、人間の一生が決まる場面を完璧な筆致で描いているからである。

 その内容は、織田源五郎=後の有楽斎が千宗易にお茶をたててもらい、これを喫するという、それだけである。

 当時、茶室は、武将同士の密談の場でもあったが、そんな俗世とは無縁の、静かな喜び―茶が胃の腑に落ちていく快感―を知ったとき、この男は、もう武士としての喜びには戻れない、すなわち、信長の舎弟でありながら、お茶のためなら、何をしても生きのびる、という弱肉強食、治乱興亡の戦国にあって、武将としては逆説的な生を貪るという、人生を選択することになるのである。

 つまりは、人間の一生が変わってしまう場面――それは滅多にうまく書けるものではない。それを、作者は易々とやってのけた。

 私も、有楽斎同様、陶酔の極みに追いやられたといっていい。

 本書は三部仕立てで、各々、有楽斎と彼と対照的な人物を主人公とした短篇が二作ずつ並んでいる。

 第一部「本能寺の変」では、有楽斎は、兄も甥も見捨てて逃げ、もう一人の主役としては、文は決して武の下に置かれるものではないと、博多の豪商、島井宗室が堂々たる気概を見せる。

 堂々たる気概といえば、それは三部でもう一人の主人公として登場する人物、全員に共通しており、第二部「関ヶ原の戦い」の“裏切り者”小早川秀秋にしても、第三部「大坂の陣」の松平忠直にしても変わらない。

 その中を、生涯初の戦功を求めたり、間者になりきれなかった有楽斎が、一種の諧謔味をふりまきながら渡り歩いてゆく。

 異色にして正統、加えて端正な戦国小説の傑作といえよう。

新潮社 週刊新潮
2017年9月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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