書籍情報:openBD
グロテスクな設定でも理路整然とした謎解き
[レビュアー] 若林踏(書評家)
ここではないどこかへ。
この世とは似て非なる異世界を築き上げ、その中で読者を謎解きの悦楽へと誘う作家たちがいる。
海外ミステリにおける代表が『魔術師を探せ!』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を始めとするランドル・ギャレットの〈ダーシー卿〉シリーズだ。イギリスとフランスが一つの国になり、科学技術の代わりに魔術が発達した欧州で起こる不可能犯罪を描いている。
日本の作家では山口雅也は外せない。『生ける屍の死』(創元推理文庫)の舞台は何と死者が蘇る現象が起きる米国。特殊状況がユニークな謎解きを生み出し得ることを証明した、国内本格ミステリの記念碑的傑作だ。
第三四回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作『人間の顔は食べづらい』でデビューした白井智之も、ギャレットや山口に連なる異世界ミステリの書き手である。ただし白井の場合、ここではないどこかへ行き過ぎてしまった感があるのだが。
物語の舞台は世界的な新型ウィルスの蔓延によって、食糧難を抱えた日本だ。この問題を解決する為に考え出されたのが、食用のクローン人間を育てることだった。食用クローンは専用の施設で育成し、首を切り落とす加工をして各地に出荷される。
このセンターから送られた荷物を巡って事件が起きる。クローン育成を支持した元政治家の邸宅へ届いた商品ケースに、生首が入っていたのだ。この生首事件を契機に、謎と推理のつるべ打ちが始まる。
食用クローンという異形の存在に度肝を抜かれる方も多いだろう。しかし作中で展開するのは、どこまでも折り目正しい謎解きの手続きだ。読者の面前では新しい仮説が次々と現れては消える。目まぐるしく変化する推理を通り抜けた先に、一分の隙もない理路整然とした構図が出来上がっていることに気付き、溜息を漏らすはずだ。
無論、その構図には食用クローンという異様な設定も組み込まれている。グロテスクなものも、美しい論理を構成するピースに変えてしまうところに謎解き小説の極北を感じた。