『ニッポンの奇祭』
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古層の心に触れる祭りという贅沢な時間
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
人間、若くて元気な時は未来しか見えない。若くても過去や思い出はもちろんあるが、自分が生まれる前の遠い過去には想像や共感が及ばない。だから、古くからの習俗や信仰に興味をもち始めたということは、若さを失ったということでもあり、大人になったということでもある。わたしの場合はそんな感じだ。
それで、この種の本には自然に手がのびる。小林紀晴『ニッポンの奇祭』は、日本各地の祭をたずねた写真紀行である。蘇民祭や相馬野馬追など全国的に有名な祭から、地元県民にもあまり知られていない小さな祭まで。祭の多様性は、日本文化のタテ(歴史)とヨコ(地域性)の広がりを象徴する。
祭に参加したり、中心にいる人々と仲良くなったりはしない。著者のスタンスは「見物人」だ。ヨソモノだから冷たくされたりもする。でもそのことが、祭という非日常の空間を際立たせる。居心地の悪さと不安は、やがて訪れるエネルギーの爆発の序曲である。
写真というものはいま現在しか写せないものだが、祭の撮影では、そこに遠い過去が写りこむ。〈本来、撮れるはずのない古層を祭りを通して撮る〉。この発見に導かれて、著者は祭を追いかける。小学生でも大人なみに行う精進潔斎の厳しさを知り、社殿を盛大に燃やした祭の翌日、嘘のようにおとなしくなった人々を見る。その一つ一つが、いにしえの祭の心に触れることなのだ。とても贅沢な時間である。