【文庫双六】自衛隊員であった作家の「青春小説」――梯久美子

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草のつるぎ/一滴の夏 野呂邦暢作品集

『草のつるぎ/一滴の夏 野呂邦暢作品集』

著者
野呂 邦暢 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062955003
発売日
2016/03/11
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【文庫双六】自衛隊員であった作家の「青春小説」――梯久美子

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

『ジャッカルの日』のフレデリック・フォーサイスは若いころ空軍にいた。軍歴のある小説家は海外では珍しくないが、日本ではどうか。

 ということで、もと軍人の小説家の作品を紹介しようと思ったが、これが意外に見当たらない。先の戦争での実体験をもとにすぐれた小説を書いた作家の多くが召集されて戦場に赴いた人で、たとえば『麦と兵隊』の火野葦平も、教科書の定番『俘虜記』や最近映画化されて話題になった『野火』を書いた大岡昇平も職業軍人ではない。

 ネットで探してもみたが、軍医だった森鴎外と、『敵中横断三百里』などで知られる山中峯太郎くらいしか職業軍人だった小説家は見つけられなかった。彼らが所属した帝国陸海軍は敗戦で消滅し、以後、日本に“軍隊”はないから、軍人の経歴をもつ書き手はもう生まれようがない。

 ただ、わが国には自衛隊がある。自衛隊員だったことのある小説家といえば、直木賞作家の浅田次郎がまず浮かぶが、芥川賞作家にも実はいる。『草のつるぎ』で74年に受賞した野呂邦暢(くにのぶ)である。

 野呂は高校卒業後、さまざまな職をへて19歳で佐世保の陸上自衛隊に入隊。そこでの訓練期間を描いたのが『草のつるぎ』である。

 野呂自身がモデルの主人公が、入隊後初の外出日にナイフと岩塩を買うところから小説は始まり、無色透明な人間になりたい、そのために自分を使いつくしたいという若者の心情が、詳細な訓練の光景とともに描き出されていく。

 選考会では「地面に喰ひついたやうなひたむきな粘り」(瀧井孝作)、「爽快な世界」(永井龍男)などと高く評価されたが、一方で小田実は「自衛隊の是非についての態度決定を迫る他者の眼が見られない」「まして、死者たちの眼はない」(『群像』74年4月号)と批判した。ずいぶんと的外れで、そこがかえって時代の空気を伝えているが、作品自体は今読んでも少しも古びておらず、みずみずしい青春小説である。

新潮社 週刊新潮
2017年9月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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