谷崎、ドゥマゴ二賞受賞で記録更新、松浦寿輝
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
文学賞に恵まれている作家はいて、たとえば堀江敏幸がそう。一九九九年に『おぱらばん』で第十二回三島由紀夫賞を受賞したのを皮切りに、十一もの文学賞に輝いている。その堀江を上回るのが松浦寿輝だ。
松浦は詩人、評論家でもあるので、その分、受賞できる賞は多い。詩に対しては高見順賞、萩原朔太郎賞、鮎川信夫賞が、研究・評論に対しては吉田秀和賞、三島由紀夫賞、渋沢・クローデル賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞が、小説に対しては芥川賞、木山捷平文学賞、読売文学賞が授与されており、二〇一二年には紫綬褒章まで受章している。
と、ここまでの受賞数が十二で、すでに堀江を超えているのだけれど、最近、千三百枚の大長篇『名誉と恍惚』で、第五十三回谷崎潤一郎賞と第二十七回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。堀江とちがって、小説に関する文学賞受賞の余地を残しているだけに、今後、どれだけ記録を伸ばしていけるか、わたしのような文学賞ウォッチャー注目の的の御仁なのだ。
谷崎賞は中央公論新社が主催する文学賞。以前、当欄で取り上げた際も記したとおり、戦後日本文学の傑作ばかりが受賞している、きわめて信頼度の高い賞である。一方のドゥマゴ文学賞は一人の選考委員によって与えられるのが特徴で、今回、松浦寿輝に授与したのは評論家の川本三郎だ。
受賞作の舞台は、日中戦争の気配が濃厚となった上海。主人公は、東京の警視庁から共同租界を取り締まる工部局に派遣された、二十八歳の警官・芹沢だ。一九三七年に橋を渡る場面で始まり、一九八七年、同じ橋の上で幕を閉じるこの小説は、ある謀略によって追われる身になってしまった一人の男の、五十年間に及ぶ冒険小説もかくやとばかりの艱難辛苦の人生を描く中、ナショナリズムやセクシュアリティ、監視国家の問題性を浮かび上がらせる。タイトルそのままに、ふたつの大きな山場を用意しつつ、時間や空間を文章によって自在に伸び縮みさせる巧みな筆致で描かれていくエピソードの連打で読ませる物語になっていて、二賞受賞も納得。今読むに値する労作にして傑作だ。