呼吸する日本神話 藤村シシン/『古事記 日本の原風景を求めて』

レビュー

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古事記

『古事記』

著者
梅原 猛 [著]/上田 正昭 [著]/三浦 佑之 [著]/上野 誠 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784106022777
発売日
2017/09/22
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

呼吸する日本神話

[レビュアー] 藤村シシン(ギリシャ神話研究家)

 突然だが、私は『古事記』と少々変わった因縁を持っている。父が日本古代史の教師であったために、子供の頃から周りに日本神話の世界が溢れていたのだ。休日に連れて行かれる娯楽地といえばディズニーランドより古墳であったし、初恋の相手がアマテラスだった話を当たり前のようにされるし、サンタさんからのプレゼントは弥生土器の欠片だった。

 しかし、友人との会話から「世間のサンタさんは割れた土器の破片を枕元に置いたりしない」と知った私は、高校に進む頃には日本神話への反抗期へと入っていた。そして今では古代ギリシャ・ギリシャ神話研究を専門にしている。

 しかし、30歳を超えた今になり、日本神話と和解したいと考えるようになった。「古事記を学び直したいな……。でも難しいからな」。クリスマスの朝に湿った土器の匂いで起こされた経験のない幸運な方々でも、こういう気持ちを持たれる方は多いと思う。

 そんなところに彗星の如く現れたのが本書、『古事記 日本の原風景を求めて』である。

 何よりも心惹かれるのは、「今も日本神話が生きている」ことをあらゆる手法で体験させてくれる点だ。文章、イラスト、写真のバラエティの豊かさ、ダイナミックさ、面白さ。例えば冒頭の神話語りでも、現代風にカスタマイズされた語りの面白さが光る。「アマテラスはびびって天の岩屋に引きこもる。……八百万の神々はクレバーなオモヒカネの知恵を借り、アメノウズメにセクシーダンスを踊らせて大騒ぎ」。(本書17頁)

 心躍る対談や、研究者による神話の舞台への旅行記、巻末にはなんと「神武東征すごろく」まで付いている。

 白黒の文字の平坦な世界だった古事記が、鮮やかに立体的に浮かび上がってくる。古事記の呼吸まで聞こえてくるようだ。神社の写真のすみに写る、手を合わせて祈る人々の姿。海の安全を守る宗像大社に今は車のお祓いに来ている人々の話。私たち現代の日本人もまだ、古事記と地続きの世界の中にいる。日本神話はまだ生きているのだ。

 当たり前の話のようだが、ギリシャ神話畑にいる私からはどうしようもなく羨ましい世界だ。ギリシャにもパルテノンをはじめとして多くの古代の神殿が現存しているし、世界中から観光客が訪れている。しかし、今はそこに巫女も神官もいない。神々に香を捧げる人もいなければ、お祭りに集う人々もいない。ギリシャ神話の神々の信仰は1600年も前に終焉を迎えているのである。

『古事記』編纂から1300年の今もなお、神々の古き社があり、人々は柏手を響かせている──日本神話のなんと稀有なることだろう!

 その事実を体験させてくれる本書は、一級の学問的エンターテイメントだ。まさに古事記版ディズニーランドである。父をはじめ、多くの大人たちが子供を連れて行きたがる理由が分かる。

 子供の頃、弥生土器の代わりにこの本が枕元に置かれていれば、私ももっと早くこの世界に加われたかもしれない。

新潮社 波
2017年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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