いくさの底 古処誠二 著
[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)
◆少尉殺害をめぐる謎
自衛隊を舞台にした本格ミステリ『UNKNOWN』(後に『アンノウン』と改題)でデビューした古処誠二は、今や戦争小説の書き手として独自の位置を占めるようになった。彼の新作『いくさの底』は、第二次世界大戦中期のビルマの山村を舞台にしている。賀川少尉率いる警備隊がその村に配属された夜、何者かが少尉を殺害した。事件はごく限られた関係者以外には伏せられることになったが、そのためかえって疑心暗鬼が拡大する。犯人は敵である重慶軍か、村の住民か、それとも隊の内部にいるのか。
本書には激しい戦闘シーンはなく、村人たちは少なくとも表面上は日本軍に友好的である。重慶軍の襲撃の危機に晒(さら)されているとはいえ、登場する日本軍の兵士たちは凪(なぎ)のような状況にいる。しかし戦闘そのものは起きていなくても、戦争とは多くの人間のドラマが絶えず交錯する坩堝(るつぼ)なのだ。本書ではそれは、日本軍と現地の住人との交流として表現される。そこに突如投げ込まれる殺人事件という変事。だがそれは、この場所、このタイミングでしか起こり得ない出来事であったことが結末に至り明らかとなる。
謎解きの構成が、戦争小説としてのテーマと完璧に結びついている点といい、抑えた筆致が醸し出す不穏な緊張感といい、ほれぼれするほど完成度の高いミステリである。
(KADOKAWA・1728円)
<こどころ・せいじ> 1970年生まれ。小説家。著書『接近』『敵影』『線』など。
◆もう1冊
古処誠二著『中尉』(角川文庫)。ペスト対策のためビルマに派遣された軍医中尉と護衛にあたる軍曹を描いた作品。