読後に残る不気味さと美しさ今村夏子の新作

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読後に残る不気味さと美しさ今村夏子の新作

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


文學界2017年10月号

 前回の芥川賞で最有力候補と囁かれながら受賞を逸した今村夏子の新作が『文學界』に載っている(以下すべて10月号)。「木になった亜沙」は、自分の触れた食べ物があらゆるものに(動物にさえ)拒絶されてしまう少女・亜沙の物語だ。タイトルでバラされているので展開を明かしてしまうと、我が身に絶望した亜沙は「こんど生まれ変わったら木になりたい」と思い、その願いどおり木に生まれ変わって幸せな第二の生を生きるのだが……というプロット。稚拙なお伽話のように響くだろうが、粗筋では抜け落ちてしまう何とも奇妙な感触の不気味さと美しさが読後には残る。その不気味さ、美しさは、多くの人が今村作品について「不穏」と評してきたものとたぶん同質であり、この作家を唯一無二の存在にしている個性である。

 橋本治草薙の剣」(新潮)は2号連載で完結した計570枚の大長篇で、主人公は6人。62歳の昭生を筆頭に、豊生(52歳)、常生(42歳)、夢生(32歳)、凪生(22歳)、凡生(12歳)と10歳差で並べられた男たちの人生、およびその父母や祖父母の人生を描くことで、昭和と平成という時代の総体を浮かび上がらせようとした作品である。過去作である『巡礼』や『橋』、『リア家の人々』を連想させるアイディアで焼き直しめいた印象はあるものの、橋本治ならではの腕力でこの壮大な試みをねじ伏せている。

 試みと言えば、上田岳弘の新連載「キュー」(新潮)がYahoo! JAPANとのコラボで話題を呼ぼうとしている。ユーザーの操作に応じてコンピュータ・グラフィックスの挿画が自動生成されるというギミックはあるものの、煎じ詰めれば同連載がスマホでも読めるという以上の話ではなく、正直新味に乏しい。ネットでも大して話題になっていない。小説自体は期待の持てそうな滑り出しなのだが。

 特集では『すばる』の「あの子の文学」が力の入ったものだった。要は少年少女文学の特集なのだけれど、各国の短篇小説の翻訳、評論、エッセイが多く並んでいて質も高く、読み応えと発見がある。

新潮社 週刊新潮
2017年10月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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