起きようとしない男――医者が来ても、司祭が来ても 待望の短篇集

レビュー

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圧倒的なユーモアに溢れる 82歳ロッジ、待望の短篇集

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 なんとも魅力的なタイトルだ。同志的なシンパシーを抱いてしまう。ある冬の朝、男は気づくのだ。温かいベッドのぬくもりからこのまま出たくない!

 誰もが(誰もではないか?)抱くこの願いを男は実現する。で、どうやって? なんの理由もなく、ただ起きない、という行為によって。自由意志を行使し、医者が来ても、教区司祭が来ても、男は起きようとしない。そうして彼は聖人のような存在になり、次第に衰弱していく。

 男がどんな結末を迎えるかは本書を読んでいただくとして、戦後のもののない時期、お祭りの前に運よく花火を手に入れた少年が、思いがけない訪問客を迎える「けち」とか、少年たちが新聞雑誌の販売合戦を繰り広げる「わたしの初仕事」とか、面白うてやがてかなしく、けれども全体としては圧倒的におかしみが勝る短篇集である。

 表題作など六篇は、今年八十二歳になるデイヴィッド・ロッジの一九九〇年代に出した本がもとになっている。まずドイツで出版され、英語版としては百部余りの限定版でしか出ていなかった。

 ロッジの愛読者である家具デザイナーが、「起きようとしない男」を読んで特別な家具を制作する。本の中に写真が載っているが、寝そべったまま、くりぬいた穴から本が読める、巨大なクリップのような形の寝椅子である。デザイナーはこれをロッジにプレゼントしようと考えた。

 物語にインスパイアされて家具がつくられたことを起点として、さまざまなプロセスをへたのち、近作二篇を加えたこの短篇集は改めて世に送り出されることになった。その経過がロッジと家具デザイナーによって報告されているが、この本のなりたちそのものがロッジの作品のように思える。

『交換教授』をはじめ数々のロッジ作品を訳してきたロッジと同年生まれの翻訳者の手で、この本が読めるようになったことがうれしい。

新潮社 週刊新潮
2017年10月12日神無月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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