『〈政治〉の危機とアーレント』 佐藤和夫著

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〈政治〉の危機とアーレント

『〈政治〉の危機とアーレント』

著者
佐藤 和夫 [著]
出版社
大月書店
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784272431014
発売日
2017/08/18
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『〈政治〉の危機とアーレント』 佐藤和夫著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

西洋近代思想への警鐘

 政治とは権力の争奪ではなく、利益配分の仕組みでもなく、政治家の就活などではなく、まして娯楽ショーではない。では、政治とは何だろう。20世紀後半にアメリカで活躍したドイツ出身の哲学者ハンナ・アーレントは、政治を成り立たせる条件を徹底的に考察し、現代の危機の構造を明らかにした。今私たちが猛省すべき問題がここにある。

 アーレントの著作を翻訳してきた著者は、この哲学者、とりわけ主著『人間の条件』が「難しい」との告白から始める。その原因は彼女がたどった思想経歴から解きほぐされる。ナチスの時代を生き抜いたこのユダヤ人哲学者は、全体主義の起源を解明する中で、次第に西洋近代思想の全体を問題化する必要性に直面した。そこで問題になるのは「私的所有」の意味であった。富の追求を国家規模で拡大する近代社会では、私的領域、つまり自分らしくあるためのプライヴァシーが失われ、それに伴い公的生活が消失する。彼女の批判は「労働」を中心に据えたマルクスに向けられ、それに対抗する「活動」の理念が打ち出される。活動とは人間が語り合う中で培われる共同の生き方であり、政治を成立させる基盤であった。こうしてアーレントは、政治(ポリティクス)の原点を古代ギリシアの「ポリス」の経験に見る。政治は、経済的利益の追求から独立して初めて可能になる。

 彼女の徹底した近代哲学批判は、冷戦後の世界におかれた私たちの現実を明瞭に提示し、それに対抗する思考をもたらす。人間の本来の生き方を始める可能性は、共存する他者とのコミュニケーションにある。近年自身の生き方に注目が集まるアーレントだが、その思索の核心に迫る本書は、彼女がどのように厳しい時代を超えて人間の原点に迫ったかを生き生きと示してくれる。アーレントを読むことで、その強靱(きょうじん)な思索から現代という時代を見据え、私たちを本来の政治へと誘う警世の書である。

 ◇さとう・かずお=1948年生まれ。千葉大名誉教授(哲学)。著書に『仕事のくだらなさとの戦い』など。

 大月書店 2800円

読売新聞
2017年10月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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