『「悪の歴史」東アジア編 上』 鶴間和幸編著

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悪の歴史 東アジア編上

『悪の歴史 東アジア編上』

著者
鶴間和幸 [著]
出版社
清水書院
ISBN
9784389500634
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『「悪の歴史」東アジア編 上』 鶴間和幸編著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

名君聖人、生身の人間像

 タイトルは、おどろおどろしい。しかし内容はかなり異なる。取り上げられている人物は全部で24人に上るが、聖天子禹(う)に始まり孔子や三国志の劉備、名君と謳(うた)われる唐の太宗など、一般には善人と思われている人物まで網羅しているからだ。本書は歴史上の巨魁(きょかい)を取り上げ、伝説のベールを剥がして彼らを生身の人間の姿に戻そうとした野心作である。とても面白い。

 まず、悪人の代名詞のように扱われている隋の煬帝(ようだい)であるが、中国の南北を結ぶ大運河開鑿(かいさく)の経済的な役割を過少評価するわけにはいかないであろう。対する唐の太宗の治世は、リーダーシップの古典とされる「貞観政要(じょうがんせいよう)」によって見事に荘厳されているが、大運河のような功績もなく無謀な高句麗遠征は煬帝とほぼ同じである。よく考えてみれば、両者にこれほど極端な評価が付される方がおかしいのである。孔子の過剰な理想主義にたいする最も鋭い批判は、孔子に最も近い弟子達(たち)からなされた。劉邦は、始皇帝の定めた厳格な法律を法3章に簡略化した寛容な長者として描かれることが多いが、実は秦と漢の法制には大差がなく、諸侯王と家族を冷遇した劉邦は、冷酷と評される始皇帝とそれほどの違いがあったわけではない。史上唯一の女帝、則天武后(そくてんぶこう)は、牢固(ろうこ)とした男社会の観念や論理に基づく中国史の本流からすれば許されるべき対象ではなかったが、科挙による人材獲得に力を入れ男女の対等さに気を配った。

 班固(はんこ)は編纂(へんさん)した「漢書・古今人表」で儒家の立場から9ランクの人物評価を行ったが、悪人は本当に悪だったのか、善人は本当に善だったのか、それを最新の研究成果を踏まえて根底から評価し直すことで、歴史を学ぶ醍醐(だいご)味が増す。生身の人間は実に多様であって、善も悪も共存しているのだ。本書はそのためのまたとない手引書だ。日本編、東アジア編、ヨーロッパ・中東編、それぞれ2巻から成る計6巻のシリーズだが、完結が待たれてならない。

 ◇つるま・かずゆき=1950年生まれ。学習院大文学部教授。専攻は中国古代史。著書に『人間・始皇帝』など。

 清水書院 2400円

読売新聞
2017年10月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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