明文堂書店石川松任店「狂気と戦慄の中に宿る《純愛》に、心打たれました。」【書店員レビュー】
[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)
「あぁきっとこの人は俺のことを見ていないんだろうな?」顔を見ながら一対一で会話しているのに、時折そんな感情を抱かせる人がいる。それは客観的に見れば失礼な人なのだが、同時にその目に魅了もされている。永遠に私に向けられることのない表情に、憧れにも似た想いを抱く。本書のヒロイン佑子はそんな女性であり、彼女をイメージしたものと思われる表紙の女性の虚空を睨む姿はぞっとするほど美しい。
《ショートカットの髪、割と通った鼻筋と無愛想な唇。そして、何処か涼しい目。肉の薄そうなスリムな体……》AVのスカウトを生業とする寺崎の前に現れた斎藤佑子。《佑子という女は、あまりにもクールで味がないからいいのだ。まるで、自分が生きていることを知らないような女の子……。生きている価値を知らない女の子……。生きる価値のない女……。》AVの世界に足を踏み入れるために寺崎に電話を掛けてきた佑子は、そのクールで味のない雰囲気によって業界での評価を高めていく。彼女の私生活を知っていく内に、いつしか二人は職業の垣根を越えていく。
狂気と戦慄の中に宿るのは、ひたむきな想いである。その想いを《愛》という言葉で呼んでいいのかは分からない。分からないが、それ以外に呼びようがないから、私はこの想いを《純愛》と呼ぶ。抉るような鋭い文章で紡がれた、こういう想いこそが《純愛》であって欲しいと願う。
吉田修一『さよなら渓谷』や小川勝己『イヴの夜』、馳星周『不夜城』……などを読んだ時と似たような感覚を抱きました。