“ひなびた温泉”ガイド本 読めば心は湯へ…

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しみじみシビレる!名湯50泉 ひなびた温泉パラダイス

『しみじみシビレる!名湯50泉 ひなびた温泉パラダイス』

著者
岩本 薫 [著]/上永 哲矢 [著]
出版社
山と溪谷社
ジャンル
歴史・地理/旅行
ISBN
9784635080101
発売日
2017/09/22
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

豪華さとは無縁の温泉宿 でも読めばすでに湯へ

[レビュアー] 立川談四楼(落語家)

 酒の旨い季節となりました。いつもの居酒屋へ行くか。ちょっと乙なあのバーで飲むか。いや、いっそのこと、ひなびた温泉で紅葉など愛でながらゆっくり飲もう。無闇とそんな気にさせる罪な一冊です。

 北から南まで全国50湯が紹介されているのですが、よくぞ探したなあと思うほどそれぞれが見事にひなびています。豪壮な構え、華美な食事といったものには無縁の宿や温泉ばかりです。透明、白濁、赤茶、黒と温泉の色は出てくるものの、泉質や効能には触れられていません。

 どんな温泉かを推しはかる頼りは“ひなびた指数”で、ここでは山梨県は湯村温泉の旅館明治を例に取ります。この宿は太宰治が長逗留したことで知る人ぞ知る存在ですが、指数は「ロマネスク度」「黄金百景度」「文豪気取り度」の三つで、それぞれに【温泉マーク】が二つ、三つ、二つついています。よく意味が分からず、心もとないとはこのことと思うのですが、旅情をかきたてられ、そこへ飛んで行きたくなるのは不思議です。

 馬刺の小さな写真にこれで一杯やったら旨いだろうなと思い、この熱い湯ならまずビールだとひとり決めをし、湯温三十度ならゆっくり入り、燗酒がよかろう等、まだ見ぬ温泉に妄想が尽きません。

 山道をえっちらおっちら一時間半? それはちょっとな。テレビがない? それでスマホは使えるの? などは娑婆っ気があり都会での暮らしを引きずってる証拠で、“ひなびた温泉”はそういうところではないのだと考えたりもします。

 経営難でなく後継者難で閉じる可能性のある宿がいくつかあると知り、焦燥が募ります。間に合わないかもしれないのです。二泊三日ぐらいが適当であろうと、調整に入ります。ダメだったら冬だ、雪見酒だと言い訳をしながら。

 しかし本書を読んで以来、気もそぞろです。何しろ心は『ひなびた温泉パラダイス』に飛んでいるのですから。

新潮社 週刊新潮
2017年10月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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