僕、楽器なんだ!――ユニーク音楽少年の青春

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  • ジュンのための6つの小曲
  • エヴリシング・フロウズ
  • ウエストウイング
  • ヒューマン・コメディ

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注目の新鋭が描く、ユニーク音楽少年の青春

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 今年、長篇『リリース』(光文社)が三島由紀夫賞の候補になるなど注目度が高まっている新鋭、古谷田奈月(こやたなつき)。彼女の名が広まるきっかけになった第二作『ジュンのための6つの小曲』が文庫化された。

 シャツに腕を通す摩擦音も、顔を洗う水音も音楽ととらえ、歌を作りだす十四歳の少年、ジュン。ところかまわず歌い、熱心なあまり触れた楽器を壊してしまう彼は、学校では「アホジュン」と呼ばれ馬鹿にされている。が、マイペースな彼はそれを気にしていない。ある日作曲家を目指す同級生、トクのギターの音色を聴いた時、彼は気付く。「僕、楽器なんだ!」と。そこから、彼とトクの交流と、輝かしい日々が始まっていく。

 打楽器の演奏のようなリズムで話すトクの父親や、独特の言語表現の持ち主である指揮者のイオタも、ジュンたちの音楽にさらなる広がりをもたらす。独自の音楽世界を持つ者同士たちが繋がって、豊かな音を奏で出す。祝福に満ちた音楽青春小説だ。

 少年の日常を描いた傑作といえば津村記久子エヴリシング・フロウズ』(文春文庫)だ。『ウエストウイング』(朝日文庫)に登場した時は小学五年生だったヒロシが、中学三年生となってからの日々が描かれる。相変わらず地味な生活を送り、進路も決められない彼が、やがて親のDVなど同級生たちが抱える問題と向き合っていくことになる。無力な人間にも意志はあり、行動できると伝わってくる。

 無力だが愛おしいのはサローヤンヒューマン・コメディ』(小川敏子訳 光文社古典新訳文庫)。アルメニア系米国人の著者が、第二次世界大戦中、カリフォルニア州に暮らす一家の暮らしを語る。父は死に、長兄は出征。放課後に電報配達を手伝う十四歳のホーマーが主要人物だが、末っ子、四歳のユリシーズがとにかく可愛い。彼が店で新商品の狩猟用罠にかかってしまう大騒動は笑えるが、年上の友達と公立図書館に行き、字が読めない二人が憧れの眼差しで本を眺める場面は胸が熱くなる。四歳の彼もまた、自分だけの特別な世界を持っているのである。

新潮社 週刊新潮
2017年10月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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