[歴史・時代]龍馬暗殺の謎に切り込んだ維新小説『さなとりょう』谷治宇

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さなとりょう

『さなとりょう』

著者
谷 治宇 [著]
出版社
太田出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784778315597
発売日
2017/03/06
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[歴史・時代]龍馬暗殺の謎に切り込んだ維新小説『さなとりょう』谷治宇

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 幕末において、存在感を持ち歴史を動かした多くの志士がいた。

 幕末時代の魅力は、それぞれが役割を担いつつ、歴史に名を残した者から名も無き英雄たちまで幅広く存在していたことにあると考えている。

 その幕末の志士の代表格の一人に坂本龍馬がいる。龍馬が近江屋で暗殺されてから150年が過ぎた今なお、衰えることのない人気の源はどこにあるのだろうか。龍馬の最期に関わった実行犯について、新撰組や京都見廻組等々、諸説あることも大きな理由といえるだろう。そしてもう一つ理由と考えられるものが手紙ではないだろうか。龍馬が書いたとされる手紙は多く残されている。姉や姪などの身内に寄せたもの、交渉相手に向けたもの、様々な手紙がある。これらの手紙からは、豪放磊落という龍馬のイメージとは違い、緻密で繊細な面とユーモラスな一面を垣間見ることができる。多様な顔を持つ男・龍馬に対する憧れは、今後も尽きることはないのかもしれない。

 谷治宇(はるたか)のデビュー作『さなとりょう』(太田出版)は、新たな角度から龍馬暗殺の謎に切り込んだ維新小説であり、時代ミステリーである。

 これまで、龍馬を題材とした小説や映画・ドラマが数多く存在してきた。史実としての歴史ではなく、フィクションとしての歴史に触れる醍醐味のひとつに、「もしあの時〇〇だったら、どうなっていただろうか?」という仮定の上に踊らされる喜びを感じるということがある。

 本書は、「もしあの時、未亡人と元許婚の二人が出会っていたら、どうなっていただろうか?」という仮定の上に、龍馬を愛した二人の女性を主人公に据え、龍馬の魅力と暗殺の黒幕に迫る幕末謀略劇という骨太なイメージだけでは終わらない物語となっている。

 明治六年の秋、江戸城堀端に近い桶町にある北辰一刀流千葉道場に、りょうがやってくる。迎えるのは千葉道場の娘・さな。鬼小町の異名を持つ女剣士で龍馬の元許婚・さなと天衣無縫のうわばみ女で龍馬の元妻・りょうという、心情的にも相容れないはずの二人の関係性が何ともユニークに描かれている。自由奔放で豪傑のりょうと筋を通し生真面目なさな。顔をあわせれば口論となる相性最悪のコンビが、反目し合いながらも共に龍馬暗殺の真相に迫ってゆく。意地を張りながら通した女の一分の先に、辿り着いたのは黒幕だけではなかった。

 全編を通じ、手紙が重要な役割を果たしている。新たな龍馬像を提示する際に、小道具として手紙を用いた著者の戦略に脱帽した。

 龍馬を愛した女と龍馬を慕い続けた女。龍馬が暗殺されたことで止まった二人の時間が、ゆっくりと動き出したとき、胸がキュンとなるサプライズが待ち受けているのですが、それは読んでお楽しみください。

新潮社 小説新潮
2017年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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