[恋愛・青春]『編集ども集まれ!』藤野千夜/『砂上』桜木紫乃ほか

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書籍情報:openBD

[恋愛・青春]『編集ども集まれ!』藤野千夜『砂上』桜木紫乃ほか

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 本を愛する人に読んでほしい小説が2冊刊行され、興奮気味だ。まずは、元編集者である藤野千夜氏の自伝的小説『編集ども集まれ!』(双葉社)である。

 男女雇用機会均等法が制定された年に大学を卒業し、青年漫画誌の編集者となった主人公の小笹(こざさ)。自分の性別に対する違和感から、ブラウスとワイドパンツで出勤するようになり、小笹から「笹子(ささこ)」へと姿を変えていく。女子社員たちがそれをふんわりと受けとめる一方、ついにスカートを穿くようになった笹子の存在は社内で問題となり、服装を変えなければ解雇する(今だったらあり得ない!)と言われてしまう。

 友情と優しさへの感謝。受け入れられない理不尽。職を失う不安。著者はさりげないユーモアを交えながら、起こった出来事をたんたんと描いて行く。痛みや怒りが剥き出しにされないからこそ、切なさと悔しさがじんわりと広がる。実名で登場する漫画に寄せる深い愛と、いまはそれぞれの道を歩んでいる仲間たちとの、長い友情に心打たれつつ、二十数年という時間は人生も社会も変えるのだなあ、と長い余韻に浸ってしまった。

 桜木紫乃砂上』(KADOKAWA)は、小説を書く40代の女性が主人公だ。母の残した家に一人で住み、アルバイト代と元夫からの慰謝料でぎりぎりの生活をする令央(れお)のもとに、投稿作品を読んだ女性編集者が訪ねてくる。感情を抑えるように生きてきた令央だが、編集者に言われた「主体性のなさ」という言葉に突き動かされ、小説を書き直すことを決意する。

 10代で生んだ娘を妹として育てた令央。孫を娘として受け入れて生きたシングルマザーの母。令央に辛辣な言葉を投げつけながらも歩み寄ってくる娘。カミソリで切りつけてくるように容赦ない編集者に戸惑いながらも、書くことにのめり込んで行く令央が、母親と自分の女としての生きざまを見つめようとする心情描写には、苦しくなるほどの迫力がある。

 自分の人生を必死で生きようとする女たちの姿を書き続けてきた桜木氏だが、傷ついても書かずにはいられない女を書くことには、相当の覚悟と勇気がいったのではないだろうか。桜木作品を読まずにいられない読者として、このような小説を読めたことがとても幸せだ。

 最後にもう1冊、畑野智美消えない月』(新潮社)は、ストーカー事件を被害者と加害者の立場から描いた小説だ。どこまでもずれていく男の恋愛感情も不気味だが、事件に巻き込まれ態度を変えたり、本音を見せはじめる周囲の人々の反応や、自分を追い込んでしまう被害者の心理がリアルだ。あちらこちらに、私自身や身近な人々の姿が見えてしまう。怖い小説である。

新潮社 小説新潮
2017年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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