『ゲームの王国 上』
- 著者
- 小川 哲(使用不可) [著]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 文学/日本文学、小説・物語
- ISBN
- 9784152096791
- 発売日
- 2017/08/24
- 価格
- 1,980円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『望むのは』
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[SF・ファンタジー]『ゲームの王国』小川哲/『望むのは』古谷田奈月
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
本が好きで未知の面白さを求めている人は、絶対に小川哲の『ゲームの王国』(早川書房)を読んだほうがいい。と、思わず断言したくなるほどの傑作だ。
物語の幕が開くのは、一九五六年のカンボジア。サロト・サル(のちのポル・ポト)の娘が、捨て子としてプノンペン郊外に住む夫婦に引き取られる。ソリヤと名付けられた彼女は、他人の嘘を見破る能力を持っていた。一方、ロベーブレソンという農村で生まれ育った潔癖症の天才少年ムイタックは、兄と一緒に〈『どれだけ楽しんだか』自体を競うような遊び〉を考える。
ポル・ポト率いるクメール・ルージュが革命を成し遂げた一九七五年四月十七日に、ソリヤとムイタックは出会う。二人がカードゲームで対決するシーンがまず素晴らしい。彼らはそのとき、決められたルールのもとで互角の戦いを繰り広げる楽しさを初めて知るのだ。〈ゲームという薬を摂取している間だけ、俺は自由に生きることができる。世の中がうまくゲームのようになっていればいいんだけど、そういうわけにはいかなくて。ルールには矛盾がたくさんあるし、誰が勝者なのかもわからないし。ルール違反が放置されたりルールを守る者が損をしたり。現実は不潔だから〉というムイタックの言葉に首肯してしまう。
やがて始まるポル・ポト独裁政権下の粛清と虐殺の嵐のなかで、ソリヤは政治家を志し、ルールを破ることができない〈ゲームの王国〉を創ろうとする。ある事件が原因でソリヤを殺すと決めたムイタックは、人間の脳波を研究して思い出や妄想を魔法に変えるゲームを完成させるが……。二〇二三年に二人が再会するまでの経緯をスリリングに描く。百万人を超えるカンボジア人が殺されたとも言われる史実をもとにしているだけに恐ろしい場面は多いが、輪ゴムを崇拝する少年や不正を勃起で探知する男が出てくるくだりはユーモアもにじむ。小説ってこんなことができるんだ、という希望も見せてくれる。
古谷田奈月『望むのは』(新潮社)も、小説の可能性を信じさせてくれる一冊だ。主人公の小春(こはる)は十五歳になったばかりなのに〈若い人間として生きられる、これが最後の一年だ〉と思っている少女。彼女の家の隣に住む秋子(あきこ)さんはゴリラなのだが、周囲は当たり前のことのように受け入れている。小春は、秋子さんの息子でどう見ても人間の歩(あゆむ)と同じ高校に通うことになる。
年をとることに対する恐れや、恋の悩み、集団になじめない孤独は、青春小説では定番のテーマだけれど、登場人物の感じ方の一つひとつが自由で新鮮。ケリー・リンクやカレン・ラッセルといった海外作家を彷彿とさせる、奇想に満ちていながら切実な話だ。読後は世界が色鮮やかに、光に溢れているように見える。