『〈土〉という精神 アメリカの環境倫理と農業』 ポール・B・トンプソン著

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〈土〉という精神

『〈土〉という精神』

著者
ポール・B・トンプソン [著]/太田 和彦 [監修、編集]
出版社
農林統計出版
ジャンル
哲学・宗教・心理学/倫理(学)
ISBN
9784897323695
発売日
2017/07/24
価格
3,996円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『〈土〉という精神 アメリカの環境倫理と農業』 ポール・B・トンプソン著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

持続可能な「農」を模索

 私たちは日々食物で栄養をとり生きている。その多くは農地で生産される穀物や野菜や果物や畜産物で、農業は人間の営みの中で最も大規模で主要な生産活動である。だが、森林を伐採し荒地を開墾し、特定の作物を植えたり家畜を放牧したりする農業は、自然を破壊して生態系を変える人為に他ならない。動植物の多様性や生態系の維持を目指す環境保護は、こうして食物の生産活動に対立する。農業を哲学的にどう考えるか、それが本書のテーマである。

 農地を賢明に利用すれば良いのか、それとも自然それ自体の価値を重視するのか。後者を突き詰めれば、農業自体を否定して人類の衰滅をもたらす。他方で、生産性を上げる経済効率を追求すると、土壌・水質汚染などの環境破壊をもたらし、結果的に農業そのものを危機に追いこむ。二者択一ではなく、対立を超える食農倫理の視野が必要となる。

 原著はアメリカの環境倫理学者が20年ほど前に出版した定評ある入門書。刊行後、世界規模の環境変化やグローバル経済の進展、技術の進歩を経て、変わった点も多々ある。また、大規模な機械化を中心とする世界の穀倉アメリカの農業事情が、小規模な日本の農家とは異なる点もある。何より、里山や棚田を守る日本の農村風景が、土地への異なる知恵を授けてくれる点も考慮したい。だが、人間と農業、経済や生産と自然の関係という問題を考える上で、本書が整理する考察の枠組みは重要である。功利主義を前提とする現代社会で、生産至上主義をどう制限して環境を生かすか。農業を巡って展開されてきたいくつかの代表的な立場を検討しながら、著者は対話をつうじて持続可能な農業という方向を模索する。

 人類が十分な食料をとって生きるためには、何が必要で何が犠牲になるのか。生存が孕(はら)む根本的な矛盾を、「土」という精神から考えたい。太田和彦訳。

 ◇Paul B.Thompson=1951年生まれ。ミシガン州立大哲学科教授。食農倫理学などに関する著書が多い。

 農林統計出版 3700円

読売新聞
2017年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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