『リスクと生きる、死者と生きる』 石戸諭著

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リスクと生きる、死者と生きる

『リスクと生きる、死者と生きる』

著者
石戸 諭 [著]
出版社
亜紀書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784750515205
発売日
2017/08/28
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『リスクと生きる、死者と生きる』 石戸諭著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

失った「言葉」の記録

 今から6年半前、東日本大震災の現場に新聞記者として立った時の心境を、著者は次のように書いている。

 〈何を書いても言葉が上滑りしていくような気がしたのは、このときが初めてだった。どんな現実でも取材をして、調べれば記事を書ける、というのは思い込みでしかなかった〉

 20代の若者だった彼は、そこで多くの人と会い、深い悲しみや喪失に触れる。だが、〈私は彼らの声に強く心を揺さぶられたが、うまく言葉にすることができなかった〉。その体験こそが、福島や三陸沿岸の町で「個」の言葉と対峙(たいじ)し、そこにある固有の物語を紡いだ本書の「原点」になっている、という。

 当時、同じように三陸沿岸で取材をしていた僕は、この心境に共感を覚える。震災の被害はあまりに広く、深く、遠ざかれば個々の物語が消え、近づけば全体が見えなくなった。その中で取材者は何をどう描くべきかの答えを、必死に探す必要があった。その意味で本書はあの場所で立ちすくんだ一人の記者が、失った「言葉」を探し続けた記録なのだ、と思う。

 新聞社を辞めた彼は新しいインターネットメディアに転職し、原発事故による喪失や津波で家族を失った人の思いに寄り添っていく。個人の物語の連なりによって描かれるのは、「死者」や「リスク」と向き合いながら自らの役割を探し、いまようやく被災後の人生の出発地に辿(たど)り着こうとしている人々の群像である。

 読んでいると、大切なものは安易に言葉にはできないことばかりなのだ、という思いに駆られる。6年半前、取材中に立ち止まった著者は、「現場」で何かを論じるのではなく、そこに生きる人々の思いに耳を傾け、ともに揺らぐことを選んだ。話を聞き、考えに考え、それでも答えは出ない。だが、そのように揺らぐことなしに、自らの言葉で語ることはできないのだ、と。それは著者が彼らとの対話を通して、一人のノンフィクションの書き手として辿り着いた出発点でもあるのだろう。

 ◇いしど・さとる=1984年生まれ。東京都出身。毎日新聞社を経て2016年、BuzzFeed Japan入社。

 亜紀書房 1700円

読売新聞
2017年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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