『消えない月』
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彼がストーカーに『消えない月』畑野智美
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
どんなに強引で身勝手なアプローチをしたとしても、それが成就すれば幸福な恋愛。成就しなければ単なるストーカー。結果次第で位置づけが極端に変わってしまうのが、恋愛関係の難しいところだ。だけどストーカーの兆しがあった時、悠長なことを言ってはいられない。いや、言ってはいけないのだ。そう切実に感じさせるのが、畑野智美の新作長篇『消えない月』である。
マッサージ師のさくらは、店にやってくる出版社勤務の松原と、次第に距離を縮めていく。外見も性格もよさそうな彼だったが、付き合い始めてほどなく、彼はさくらの同僚の男性に対し嫉妬を露にし、さらには彼女のスマホに登録された男性の連絡先をすべて消去しようとする。
物語は双方の視点から進んでいく。結婚を前提に付き合い始めたと思っている松原、そこまで重くはとらえていなかったさくら。彼の存在が重くなり一方的に別れを告げた彼女だが、罪悪感もあり彼の番号を着信拒否にしたりLINEアカウントを削除したりしない。それを自分はまだ拒絶されていないと受け取った松原は、ますますさくらに固執する……。
双方の心理を掘り下げているからこそ、行き違う様子がよく分かり、息が詰まる。最初ははっきり拒絶しないさくらに苛立ちも覚えたが、実は相手を逆上させないためにはそのほうがよいのだとか。自分や身近な人が被害にあった時に、どうしたらいいのかのヒントもちりばめられている。しかし、さくらの行動が模範解答というわけではない。この歪んだ関係が解消される時に広がるのはどんな光景なのか。振りむけばいつもそこにいて、どこまでもついてくる存在。読み終えた時、このタイトルが芯から恐ろしく思えてくる。