神田松之丞×尾崎世界観 講談師と音楽家を突き動かすもの

対談・鼎談

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絶滅危惧職、講談師を生きる

『絶滅危惧職、講談師を生きる』

著者
神田 松之丞 [著]/杉江 松恋 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103512912
発売日
2017/10/31
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【『絶滅危惧職、講談師を生きる』刊行記念対談】講談師と音楽家を突き動かすもの 神田松之丞×尾崎世界観

今、もっともチケットのとれない講談師と気鋭の小説家として注目を浴びる音楽家。年齢は一つ違い、意外な共通点の多い二人が語る、「誰かに伝えること」の原動力。

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ミュージシャンの尾崎世界観と講談師の神田松之丞
ミュージシャンの尾崎世界観と講談師の神田松之丞

 猫背でメガネが格好いい

松之丞 尾崎さんがTBSラジオに出演された時、僕が同じ局でやっている「問わず語りの松之丞」を話題にして下さったようで。ありがとうございます。

尾崎 あれは特番に出て、気になっている番組についてコメントをしたんです。もちろんラジオも聴いていますけど、僕は前から松之丞さんのファンで、高座に何度か伺っているんですよ。

松之丞 えっ、僕の高座に来ていただいたんですか?

尾崎 最近だと、草月ホールで『中村仲蔵(なかむらなかぞう)』を聴かせていただきました。今年の夏には、僕の地元、葛飾の亀有でやっていた独演会にも行きまして。演目は、怪談の『牡丹灯籠(ぼたんどうろう)』でしたね。

松之丞 あそこに尾崎さんがいらっしゃったとは。最初はどこで僕の講談を聴いていただいたんですか?

尾崎 スタイリストの伊賀大介さんから「すごい講談師がいる」と聞いて、今年の一月に神楽坂の赤城神社でやっていた「あかぎ寄席」に伺ったんです。昔、神楽坂の製本会社に勤めていたので、あの辺りは馴染みがあるんです。

松之丞 「あかぎ寄席」には、前座の頃からずっとお世話になっているんです。

尾崎 それが初めての松之丞体験だったんですけど、登場のシーンでいきなりハマったんです。出囃子が流れて、下手(しもて)から猫背でメガネをかけた黒紋付きの男が出てくる。そして、高座に上がるとメガネを外して、「僕、全然見えないんですけど」と始まるじゃないですか。出てくるところから格好いいと。すごくバンドっぽい。

松之丞 猫背でメガネがバンドっぽいんですか(笑)。

尾崎 本当にそうなんですよ。僕自身、クリープハイプというバンドをやっていますが、バンドって、一番格好いいのは、出てくる瞬間だと思うんです。ステージが暗転してBGMが止まり、お客さんが息を呑んだところで登場して、喝采を浴びる。ある意味、そこがピークなんです。

松之丞 なるほど。僕はプロレスが好きなんですけど、それも同じかも知れない。実際の対戦よりも、入場曲でリングに上がるシーンの方が興奮するというか。

尾崎 ライブの最初の感動は、時間の経過とともに減っていくんです。それをいかにギリギリ高いところで留めるかというのが、バンドの腕の見せ所で。松之丞さんの講談には、その高いテンションのまま最後まで引き込まれてしまいました。

松之丞 それは嬉しいな。僕は年配の方から、背筋が曲がっているのをことあるごとに怒られるんです。しゃんとしろと。初めて猫背を褒められました。

尾崎 あれは松之丞さんにしかない、ある種の色気だと思いますよ。

松之丞 また褒められた(笑)。まあ直すつもりはさらさらなくて、ずっと猫背で貫き通すつもりなんですけどね。

 「うそくせえ」ものは嫌い

尾崎 今回、『絶滅危惧職、講談師を生きる』を読ませていただいて、自分と共通点が多いことに驚いたんです。特に、学生時代の松之丞さんの口癖だった「うそくせえ」という言葉。あれは、僕も十代の頃、よく口にしていて。

松之丞 尾崎さんもそうだったんですか。僕は高校から大学にかけて、歌舞伎やら、狂言やら、文楽やら、伝統芸能を見まくっていたんですけど、「うそくさくて、つまんねえじゃん」と年中言ってたんです。今考えれば、その芸を受け取るこっち側にも問題があったんでしょうけど、一番感受性が高いはずの十代に届かない芸って、何なんだと。自分に響かない芸を嫌って、全部「うそくせえ」って切り捨ててました。

尾崎 僕の場合は、日常生活から音楽まで、身の回りのあらゆるものが「うそくせえ」と感じていた時期があったんです。世間で評価されているバンドやヒットしている曲に対しても、あんなの良くない、本物じゃないと。松之丞さんと同じで嫌っていました。

松之丞 じゃあ、「うそくさくないもの」は何だという話になるんですが、僕にはちょっとした基準があって、何の予備知識もなくすごいものがすごいと思っているんです。それこそが「うそくさくないもの」。浪人時代に夢中になった立川談志師匠の落語には、ニートからじいさんまで、何の予備知識がなくても打ちのめす力があった。あれが本物なんです。

尾崎 当時の僕には、なかなか「うそくさくない」ものが見つけられなかった。そんな鬱屈した中で、自分で何とかしようと始めたのがボクシングなんです。

松之丞 あっ、僕もやってた。同じだ。

尾崎 ボクシングのこと、本に書かれていましたね。

松之丞 二年ぐらい続けましたが、全然上達しなくて、ぐだぐだで終わっちゃったな。

尾崎 僕が通っていたのは、葛飾の小菅にあった土手沿いの小さなジムでした。それなりに頑張って練習したんですけど、最初からトレーナーにはものにならないと思われていたみたいで、数えるほどしかリングには上げてもらえませんでした。

松之丞 ボクシングジムで、才能がないと見なされた時の扱いって凄いですよね。圧倒的に相手にされないというか、無視されるのに近い。スパーリングなんてまずできなくて、プロが近くで練習を始めたら、スッとどくとか。

尾崎 僕なんか、縄跳びばっかり上手くなって(笑)。通っていたジムにたった一人だけ、プロのボクサーがいたんです。感じ悪い人ではあったんですけど、まあ強そうだったし、試合前に減量しているところをよく見かけて、プロっぽいなと敬意は払っていました。あるとき、ボクシング雑誌を手に取ったら、その彼が「4ラウンド判定負け」したことが本当に小さな扱いで載っていたんです。あのレベルでも負けるんだと思って、僕じゃ到底無理だと悟りましたね。

松之丞 そういう意味では、ボクシングは「うそくさくない」。シビアに力を試されて、本当に強い奴しか生き残れませんから。僕はジムでミットを持たされたことがあって、プロの軽いフックを受けただけで吹っ飛ばされた。どんなに粋がっていても、ボクシングの世界では、僕こそが「うそくさかった」かも(笑)。

 「怒り」を原動力にして

松之丞 尾崎さんが初めて書かれた小説『祐介』(文藝春秋)を拝読して、「怒り」をものすごく感じたんです。バンドマンの主人公はいつも苛立っている。自伝的な小説でしたが、尾崎さんご自身がそうだったんですか?

尾崎 あれは小説なので、主人公と僕はイコールではありませんが、常に「怒り」を心に秘めているという点では一緒ですね。皆さんがどうでもいいと思っていることでも、実は怒っていたりして。

松之丞 今も、その「怒り」は持続しているんですか?

尾崎 実際には以前よりも怒っている気がしますね。例えば、松之丞さんの講談を聴きに行っても、隣のおばさんが飴を舐め始めただけでビニールの音がうるさくて苛々する。「今、舐めるんじゃねえ」って(笑)。

松之丞 わかる、それ。僕も高座から客席を見て、同じ事を思ったりしています。あいつ、この大切な場面で飴舐めるのかと(笑)。

尾崎 そういえば、草月ホールで『中村仲蔵』を聴かせていただいていたとき、一時間以上遅れて会場に入ってきた人がいたんです。それも本当にいい場面で。遅れる事情はあるんでしょうけど、こんな途中から見てちゃんと物語が理解できるのか気になってしまって、せっかく楽しみたいのに気が削がれてしまう(笑)。

松之丞 これは僕が受けた印象なんですけど、小説にしても音楽にしても、尾崎世界観という人を突き動かしている原動力は、その「怒り」ではないかと思ったんです。

尾崎 それ、当たっていますよ。もし僕に「怒り」がなかったら、少なくとも小説は書けませんでした。

松之丞 講談もまったく同じで、人間の「怒り」を原動力にしているんです。落語は「笑い」の芸、講談が「怒り」の芸、浪曲は「泣き」の芸とよく言われるように、聴き手への訴えかけ方がまったく違います。もちろん講談にも「笑い」や「泣き」の要素はありますが、やはり「怒り」が強め。講談師って、だいたい短気なんですよ。演目にもよりますが、そういうキャラも良く出てきますし。

尾崎 『祐介』に出てくる「怒り」は、周囲に対するものだけじゃなく、ギリギリの生活を余儀なくされ、耐え続ける自分に対する苛立ちも増幅してるんです。実際の僕の生活もギリギリで、「すき家」の前で店に入るかどうか、三十分も悩んだこともあったんです。牛丼を食べたら金がなくなって、また面倒なバイトの面接を受けなきゃならないと。

松之丞 バンドは、練習するのにもタダじゃ済まず、スタジオ代がかかるんですよね。幸いにも、僕はお金で苦労したことがないんです。アルバイトの経験もほとんどなくて、ひたすら耐える経験といえば、現在の二ツ目の前、前座の四年間でしょうか。

尾崎 本の中では、かなり自虐的に語られていましたね。

松之丞 着物はたためない、太鼓もたたけない、気も利かない。まさにダメ前座。畳に額をすりつけて謝り続ける毎日でした。僕がそれでもやっていけたのは、本当に優しい師匠のおかげで。ただ、前座仕事ばかりできる奴は成功しないというジンクスもあり、僕はそんな些末なことより、明日の高座のことを考える方が大切だと思っていたんです。

尾崎 不真面目でダメなバイトだった僕も、松之丞さんの考えと似ていて、バイト先でリーダーになったって、いい曲ができる訳じゃないと思っていたんです。まあ、自分が仕事ができないことへの、ただの言い訳なんですけどね。

 講談をもっと知ってほしい

松之丞 僕の本は、もともと「yom yom」という文芸誌で連載していたものなんですが、尾崎さんも同誌で、作家の千早茜さんと共作小説を発表されていますね。

尾崎 クリープハイプの活動と並行して、これからも小説を書いていくつもりです。僕は文芸の世界に出稼ぎに来ているような感じで、小説を読んでいただいた方を音楽にも引っ張っていきたい。二足のわらじですね。松之丞さんは、あと何年かで真打に昇進されるとお聞きしましたが、これからはどうされるんですか?

松之丞 僕は、目の前のお客さんに喜んでいただくことを死ぬまで続けていきたい。真打になっても、基本、そこは変わらないんです。講談を知っていただく。できればニートみたいな人にも。もしかしたら、そのニートにはすごい才能があって、講談界を背負って立つかもしれない。講談はまだまだ過小評価されていますから、今回のように対談させていただいたり、ラジオで話すのも大切なんです。

尾崎 真打昇進の披露目興行は、歌舞伎座でやりたいと思われているんですよね。何でも、師匠が若い頃、歌舞伎役者を志していらっしゃったからとか。

松之丞 そうなんです。新しい歌舞伎座で、僕の師匠に講談をしていただきたい。きっと大きな話題になるでしょうし、講談ファンも増える。ただ、前例がないので、実現性は未知数なんですが。

尾崎 歌舞伎座興行が実現すれば、もしかして松之丞さんは猫背とメガネで、あの花道を歩いて出てくるのでしょうか。僕としては、絶対に見逃せません(笑)。

新潮社 波
2017年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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