「家賃は手渡し」「毎月お茶会」――オードリー春日、能町みね子、カラテカ矢部が語り尽くした「大家さんあるある」

対談・鼎談

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大家さんと僕

『大家さんと僕』

著者
矢部 太郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784103512110
発売日
2017/10/31
価格
1,320円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『大家さんと僕』刊行記念座談会】矢部太郎×春日俊彰×能町みね子 私たち、大家さん大好き人間です。

[文] 新潮社

■いつ退去すべきか、それが問題だ

『お家賃ですけど』能町みね子[著]文藝春秋
『お家賃ですけど』能町みね子[著]文藝春秋

矢部 「加寿子荘」での間借り生活について書かれた能町さんのエッセイ『お家賃ですけど』(文春文庫)が大好きで、今回お会いするのにあたって読み直してみたら、僕はだいぶ影響を受けてこの漫画を描いたのだなと気がつきました。

能町 ありがとうございます。私の大家の加寿子さんもおばあさんで一人暮らし、当時すでに八十歳くらいでした。大正生まれの女性なのに大学を出ていて教養があり上品で、笑い声は「うふふ」。矢部さんの大家さんが「ごきげんよう」と挨拶される描写には思わず懐かしくなりました。

矢部 僕にとっては、大家と店子の関係でなかったら間違いなく一生出会わなかった階層の方です(笑)。

能町 加寿子荘は駅から近く環境も良かったですし、元々は下宿用に建てられたのか外から見ると古い一軒家にしか見えなくて、内階段だから逆にセキュリティも良い。真鍮のドアノブや木製のトイレのタンクなど細かいところもいちいち素敵で、それに驚いたのは、不動産屋では部屋番号を「2-2」と聞いていたのに、NTTに登録された正式な住所は「○○様方二階手前」で、そんなところもたまらなくツボでした。

矢部 僕も「××様方二階」が正式な住所です。

春日 それは面白いですね。住所に「様方」がつくとは、まさに一緒に住んでいるってことなんだ。

矢部 確かに大家さんの存在をいつも一階に感じるから一人暮らしっぽくないのかもしれません。夜中は階段を静かに登ろうとか、テレビの音量を下げないと、とか。実家にいたときと同じ感覚ですね。

能町 加寿子さんは階段を一段一段雑巾で拭いて掃除するなどマメな方で、古いけど中はとても奇麗でした。数年かけて加寿子さんのお部屋にも入れてもらえるようになったのですが、ピカピカに磨かれた木の床に、置かれた古い家具のどれもが魅力的な素敵なお部屋で。「散らかっていて、ごめんなさい」と言われても、どこが散らかっているのか分からないほど片付けられてもいました。

矢部 大家さんって掃除好きですよね! 漫画にも描きましたが、僕の大家さんも家の前をほうきで掃くのが好きで、お部屋もいつお邪魔してもすみずみまでピカピカ。自分の部屋と比べると、とても同じ建物とは思えないくらいです。

春日 そんなに素敵なお部屋をなぜ出てしまったのですか?

能町 少しずつ収入が増えていったある日、近所のすてきなマンションに空室を見つけて、今引っ越さないと一生ここかも……と考えてしまったんです。でも後悔しました。というのは、私と同じ時期に隣の部屋の人も退去したので、春日さんのお話ではないですが、加寿子さんの息子さんが建て替えるなら今しかないと取り壊しを決めてしまったんです。

春日 うわーー! むつみ荘の未来だ!

能町 しかも、私は忘れていたのですが、住み始めた当初「一生住んでもいいと思ってます」と言ったことを、加寿子さんは覚えてらっしゃって……。

春日 「この先誰が私の湿布貼ってくれるのよ」って(笑)。

矢部 あー辛い……。能町さんのその一言がすごく嬉しかったんだろうなぁ。

能町 解体工事も勝手に見届けたんですが、壊れていく様子を号泣しながら道端から見ました……。

春日 わはははははは!

能町 でも引っ越し先も加寿子荘の近所だったので、その後もたまにお茶するなど、今も交流は続いています。嫁がうるさい、孫が冷たいといった身内の愚痴もよく聞くので、大家さんの家庭状況は相当把握していますし、旦那さんとの馴れ初めや独身時代にお見合いさせられた相手が嫌だったという秘話も聞かされ、ご家族よりも大家さんの過去に詳しいかもしれないです。

矢部 僕も漫画を読まれた大家さんの甥っ子さんから、「マッカーサーがタイプだったなんて初めて知りました」と言われたことがあります。逆に家族には話さない、話せないことなのかもしれません。

春日 ひとつ屋根の下に住むけど身内じゃない――ちょうど良い距離感なのかも。

能町 お二人はどうするんですか? いつかは出ることもあり得ますか?

矢部 「矢部さん、結婚はどうなの?」と大家さんからたまに質問されるのですが、僕の結婚に興味があるわけではなくて、結婚したら僕が引っ越してしまうと心配しているんです。結婚の予定なんてないのでそう答えると、「じゃあまだしばらく住んで下さるのね、嬉しい」と安心されるから、引っ越しはいま、考えられないですねー。

春日 私も引っ越しはまったく考えていません。広さ的に夫婦で住むのは厳しいけれど、セカンドハウスとしてあの部屋はずっと残したいと思っています。

能町 あとは大家さんの息子さん次第(笑)。

春日 自分から出て行くことはまずないです。それくらい気に入っています。

矢部 それぞれ、良い大家さんと巡り会いましたね。

能町 そもそも大家さんと接することって、あんまりないことですからね。

春日 接するとしたら注意されるとき。“大家さん運”が良かったなと思います。

矢部 とりあえず春日くんはこの雑誌を、「大家さんの話をしました」って、お土産と一緒に持って行ったらいいんじゃないかな。

春日 わかりやした。家賃の支払いもそこまで引き延ばせるかな~。

矢部 それは早く払いなよ(笑)。

新潮社 波
2017年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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