池波オリジナルにも負けない七者七様の“鬼平”ワールド
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
池波正太郎と現役七人の作家による“鬼平”夢の競作である。
巻頭は、自身の〈鬼平〉シリーズを書き続けている逢坂剛の最新中篇「せせりの辨介(べんすけ)」。古物商に持ち込まれた、曰(いわ)くあり気な如来像を発端に、火盗改と兇賊たちとの虚々実々の駆け引きが展開する。池波作品とは別のリズムが躍動し、さすがは手馴れたもの。
諸田玲子の「最後の女」は、妖盗・葵小僧の復活と、人生の晩年を迎えた平蔵の最後の秘め事を二つながらに描き、哀切極まりない物語となっている。
土橋章宏の「隠し味」は、食通だった池波正太郎の人柄を巧みに生かしたストーリー構成。題名の“隠し味”に二重の意味を持たせるなど、絶妙の小説作法を披瀝している。
次なる上田秀人の「前夜」は、ラストではじめて、その意味が分かる絶品。平蔵の出世が描かれているかに見えるが、作者の思惑は別のところにある。
また、平蔵の出世という点から物語を書き進めている作品がもう一つ。梶よう子の「石灯籠」がそれだ。長谷川平蔵とは“水と油のようなものだった”という、森山与一郎からの視点が効いている。
門井慶喜の収録作は「浅草・今戸橋」。やはり、鬼平ファンともなれば、一度はこういう題名で書きたいのでしょうな。御存じ、木村忠吾が大活躍(?)する一篇。本書中で最も楽しい作品である。
風野真知雄の「狐桜(きつねざくら)」は、自身のシリーズ〈耳袋秘帖〉の外伝として位置づけたもの。
根岸肥前守を通して一件解決の糸口となったありし日の平蔵の面影が語られる。
そして巻末には、池波正太郎の本家『鬼平犯科帳』から後期の傑作「瓶割(かめわ)り小僧」が据えられている。初期作品からだと、なんだかんだと異論が出ようが、後期作品なら、この一篇がピカ一。
ともあれ、楽しい一巻である。