『能』
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650年続いた“芸”の仕掛けとは
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
人に誘われて能を観たとする。初めて、または久しぶりだからなじめないが、なんとなく魅力は感じる。知識があればもっと楽しいのにと思う。
人が能の入門書を手にとるのはこんな場合だが、その際、超初心者向けの解説書と、学者が能の歴史を概説したものは避けたほうがいい。サルでもわかるように作られた「悪やさしい」本は、まともな感受性をもった大人をうんざりさせる。学者の書いた本は正確さにこだわるあまり、能の魅力は鑑賞者によって異なることを考慮していない。
それでおすすめしたいのが、安田登『能』である。著者は能楽師だが、もともとは能に無関心な、ジャズ好きの高校教師だった。初めて観た能で「この人はすごい」と思った師匠にすかさず弟子入りした行動力は並外れているが、普通の現代人である。自分にとって初めての能がどんなふうに魅力的だったかを思い出してこの本を書いている。
ないものを幻視させる能の仕掛けと先端技術との類似性など、現代生活と能の接点を示しているのがいい。また、夏目漱石の小説を読むとき、そこに流れている「邦楽」に耳をすます大切さも語っている。研究者もファンも、漱石が熱心に稽古した謡曲の影響や、能の構造を小説に導入したことをもっと話題にして、漱石ワールドに肉薄すべし。
「いますぐ能にふれたい」と思った人向けのガイドも充実。日本人の妄想力を鍛えてきた能で、美しい幻視体験をぜひ。