『家族をテロリストにしないために』 ドゥニア・ブザール著

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家族をテロリストにしないために

『家族をテロリストにしないために』

著者
ドゥニア・ブザール [著]/児玉しおり [著]
出版社
白水社
ISBN
9784560095775
発売日
2017/09/23
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『家族をテロリストにしないために』 ドゥニア・ブザール著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

過激思想から救い出す

 明瞭にテーマを示すタイトルと、帯の「フランスで起きていることは他人ごとではない」の一文で、本書がテロの恐怖を声高に叫ぶアジテーション本に見えてしまったとしたら、それは誤解だ。全体を読み通したとき、私が最初に抱いたのは既視感だった。地下鉄サリン事件(一九九五年)を中心とした一連のオウム真理教事件の当時、あの教団に大切な家族を奪われた人々の苦悩と後悔、奪還までの険しい道のりが広く報道され、私たちの日常のなかで「洗脳」「脱洗脳」という言葉が普通にやりとりされていたことを思い出したのである。あのころ我が国のなかで起きていたことと、本書が具体的に解析している諸問題の違いは、主に若者たちに狙いを定めて取り込み、偏向した思想を吹き込んで社会を攻撃する戦力にしようとする主体が、一カルト宗教からISやタリバーンに替わっていることと、そのキャンペーンの手段に二〇世紀末では黎明(れいめい)期にあったインターネットが大々的に使用されていることだけである。

 もう一つ誤解されそうなことを先にお断りしておくと、本書は反イスラムの本でもない。著者は「ムスリムではあるが、大半のフランス在住ムスリム女性と同様にスカーフを被(かぶ)らず、フランスの無宗教原則に賛同する」人だ。著者が立ち上げた「イスラム系セクト感化防止センター」は、教義を云々(うんぬん)する領域には決して入らず、洗脳によって崩壊した個人性を再びよみがえらせるために感情や情動に訴える方法をとっている。個人性の再獲得。カルトからの脱洗脳にはこれが大切なステップだと、やはりオウム事件当時に周知されたことを思い出す。

 私たちの国は既に化学兵器テロを経験してしまった。だから正しい警告は、「今後は日本でもテロが起こるぞ」ではなく、「過去から学んで、未来に同じ悲劇を繰り返してはならない」なのだと思う。その一助に、ぜひ多くの方に本書を読んでいただきたい。児玉しおり訳。

 ◇Dounia Bouzar=1964年フランス生まれ。同国におけるムスリムの研究と宗教問題を専門とする人類学者。

 白水社 1500円

読売新聞
2017年10月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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