『イスラームの歴史』 カレン・アームストロング著

レビュー

3
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イスラームの歴史

『イスラームの歴史』

著者
カレン・アームストロング [著]/小林朋則 [訳]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784121024534
価格
972円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『イスラームの歴史』 カレン・アームストロング著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

実利的、平和的な本質

 イスラームほど誤解されている宗教はない。イスラームを「砂漠で生まれた峻厳(しゅんげん)な宗教」「原理主義=過激派」「女性蔑視(べっし)」などと理解している向きは決して少なくない。イスラーム教徒(ムスリム)は世界で16億人を超えるが、実は、インドネシアをはじめとしてその大半がアジアの隣人たちなのだ。イスラームの理解なくしてアジアのビジネスは成り立たない、と言われる所以(ゆえん)である。本書は、イスラームの歴史を紐解(ひもと)きながらイスラームの本質に迫った入門書の決定版である。

 イスラームとは服従の意味で、全身全霊で唯一神アッラーに服従し、人類はお互いに公正、平等、思いやりを持って行動しなくてはならないとする宗教のことである。聖典クルアーン(コーラン)には、一神教についての哲学的な議論はいっさい出てこない。訴え方が実利的で現実的な商人であった当時のアラブ人には受け容(い)れやすかった。ムハンマドは、また、カアバ崇拝など伝統を尊重した。ムハンマドは女性の解放に熱心で、クルアーンは神の前での男女の対等、同等の義務と責任を認めている。一言で述べれば、その本質は合理的・実利的な商人の宗教であり、平和的で穏やかな宗教なのだ。

 それにもかかわらず、なぜイスラームは西洋が領導した近代化の過程で苦悩に喘(あえ)ぐことになったのか。クルアーンが与えたムスリムの歴史的使命は、公正な共同体を建設し、社会的弱者を含めて社会を構成する人々がみな無条件で大切にされるようにすることだが、それを西洋が牽引(けんいん)した現実の歴史の中で実現するのはとても困難なことだった。イスラームの精神を損なうことなく、どのようにして近代化が達成できるのか、その答えはまだ見出(みいだ)されていない。分かりにくいとされるシーア派や、イスラーム法学などにも十分な目配りが利いており、イスラームを学ぶには間違いなくベストの1冊だ。精選された巻末の年表等もとても親切だ。小林朋則訳。

 ◇Karen Armstrong=1944年生まれ。オックスフォード大卒。イギリスの宗教学者。元カトリックの修道女。

 中公新書 900円

読売新聞
2017年10月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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