“警察小説”というジャンルすら破壊する問題作を語りつくす盟友対談――『地獄の犬たち』深町秋生×薬丸岳

対談・鼎談

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地獄の犬たち = Hell dogs

『地獄の犬たち = Hell dogs』

著者
深町, 秋生, 1975-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041057230
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

【刊行記念対談】『地獄の犬たち』深町秋生×薬丸岳

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力作・傑作を相次いで発表し、ミステリーに新たな風を吹き込み続ける、深町秋生さんと薬丸岳さん。ともに二〇〇五年デビューの同期作家であるお二人が、『野性時代』(二〇一五年七月号)以来久しぶりの顔合わせ。顔を変え、名を捨てて暴力団に潜入捜査する男の孤独な闘いを描いた、深町さんの最新長編『地獄の犬たち』をメインテーマに、たっぷりと語り合っていただきました。息もぴったりの男同士の掛け合いをぜひお楽しみください。

潜入捜査ものの醍醐味を
映画『地獄の黙示録』に

薬丸 『地獄の犬たち』、面白くて一気に読みました。これはいわゆる“潜入捜査もの”のパターン。『インファナル・アフェア』『フェイク』『新しき世界』などの映画でお馴染みの系統ですよね。

深町 そうです。もともと編集者から深町版『インファナル・アフェア』をやりませんか、と誘われて生まれた作品なんです。

薬丸 なるほど。ただ日本で潜入捜査ものをやるには、クリアすべき高いハードルがあると思うんです。つまり、なぜそこまで大変な捜査をする必要があるんだ、っていう理由を作らないといけない。そこを見事にクリアしていて感心しましたね。

深町 実は潜入捜査ってそれほど割に合わないんですよね。法律的にはなにかとグレーだし、もしマスコミにばれたら盛大に叩かれる。警官を一人潜らせるより、内通者を作った方が、ずっとリスクが少なくて済むんです。まして今は暴力団幹部であっても微罪で逮捕されちゃうような時代。わざわざ潜らせるには相応の仕掛けがいるなあと悩みました。そこで思いついたのが、コッポラの『地獄の黙示録』なんです。

薬丸 やっぱり! 今日はそれを言おうと思ってやって来たんですよ。

深町 分かりますよね(笑)。あの映画では身内のカーツ大佐を始末するため、米軍が暗殺団を派遣します。そこからヒントを得て、警察内のあるトラブルを解決するために、刑事が暴力団に潜入するという流れにしました。単行本のカバーデザインも『地獄の黙示録』のイメージなんです。

薬丸 十朱というキャラクターが出てきたあたりで「これはカーツ大佐だ」と気づきました。主人公の兼高がどんどん暴力団の世界に染まってゆく過程も、『地獄の黙示録』で米兵がベトナム戦争の狂気に染まってゆくのと似たにおいを感じます。

――先ほどから話題になっている潜入捜査ものですが、面白さはどのへんにあるのでしょうか?

深町 警察官なりFBI捜査官なりが身分を偽って、犯罪組織に潜り込むというのが潜入捜査ものの基本パターンです。時間が経過するにつれて少しずつ、自然と潜入対象のグループに情が移ってくる。任務と情の間で揺れ動く主人公の心理を描けるのが、このパターンの醍醐味じゃないでしょうか。いつ正体がばれるのか、というドキドキも楽しいんですが。

薬丸 自分が信じる正義のためには、望まないことや嫌悪していることさえ実行しないといけない。そうした矛盾や葛藤を描くにはぴったりの題材なんですよね。そういえば僕も大昔、漫画原作として潜入ものを書いてみたことがあるんです。

深町 えっ、それはどんな話?

薬丸 麻薬密売組織に妻子を殺された男がいて、復讐のために麻薬の売人となるんですよ。敵から信用されるために自分でも麻薬を常習し、そのうちに禁断症状や幻覚に苦しめられて……というような話です。冒頭を担当編集者に送ったけど、ノーリアクションでしたね(笑)。

深町 面白そうなのにもったいない。ぜひ小説で書いてください。

薬丸 いやいや、書かなくて正解だったなとこれを読んで思いました。冒頭、兼高が裏切り者を始末して、埋めてしまうシーンがありますよね。いくら任務のためとはいえあそこまでやるのかと驚いたんですよ。あの冷徹さは『フェイク』をはるかに超えていますよ。

深町 嬉しいなあ。これは『地獄の黙示録』ですから、とにかく“殲滅する”くらいの気概でやろうと思っていました。ここ数年、読みやすいコメディタッチの作品が続いていたんですが、久しぶりに『果てしなき渇き』の頃のような破壊衝動が戻ってきました。ある意味、原点回帰のような作品でもあったんです。

容赦なく、非情に徹した
ストーリー重視の展開

薬丸 兼高をはじめとして、警察もヤクザもやっていることは確かにひどい。でもすべてのキャラクターに人間的な深みがあるから、憎めないんですよね。

深町 ヤクザも人間ですからね。悪いこともやるけど、人情もあるでしょう。警察だから善人、ヤクザだから悪人、そういう色眼鏡をかけた描き方をしないようにいつも心がけています。

薬丸 警察を裏切ってヤクザになった十朱も、兼高の上司の阿内も忘れがたいキャラクターですが、特に好きだったのは兼高と組んでいる室岡なんですよ。このコンビはすごく魅力的だった。だから後半の展開はショックだった。深町さん、なんて容赦ないんだろうと。僕にはとてもああいう書き方はできないですね。

深町 キャラクターがいい感じに育ってくると情が湧いてきて、「幸せにしてやりたいな」とも思うんです。でもそこはストーリー重視で、非情に徹しました(笑)。

薬丸 そこがこの作品のオリジナリティであり、強みだと思います。こうなるだろうなという予測をどんどん裏切っていく痛快さは、ある種の韓国映画に近いテイストがある。約一年半にわたる連載でしたが、ラストまでの展開は決めていたんですか?

深町 大まかな方向性くらいですね。あとは書きながら考えるという感じで。特に悩んだのは、ラストで兼高をどうするかです。潜入捜査もののオチって、パターンはそう多くない。どれを選ぶのが読者にとっても自分にとっても一番納得できるのか。そこはぎりぎりまで悩みました。

薬丸 読者の立場からすると、この結末は必然だと感じるんです。ただそこに到達するまで、深町さんは相当悩まれただろうなと。僕としてはこの先の物語も読んでみたくなりましたね。

深町 そう言ってもらって安心しました。このラストが読者にどう受け止められるか、ちょっと楽しみなところです。

バイオレンスを描くことの
根底にあるものとは

――お二人のデビューはともに二〇〇五年ですね。キャリアを重ねてきて変化したことはありますか?

薬丸 デビュー当初は、たくさん書いていくうちに小説を書くのが楽になるんじゃないかなと思っていたんです。でも一作仕上げるごとにハードルは高くなりますし、なかなか楽にはなりませんね。

深町 志が高いなあ。自分はスタート時のハードルが低すぎたんですよ。日本語の正しい書き方すら知らなかった。最近になってやっとどう小説を書けばいいのか分かってきて。成長を実感できるのは嬉しいですね。その分、四十歳を超えてがくんと体力がなくなりました。中年になってみんなが健康に気を遣い出すのはこういうことか、と納得しています。

薬丸 激しいアクションやバイオレンスを書くと体力を消費するんですか?

深町 そういうシーンはむしろ気楽なんです。映画のようにカット割りをして殺陣を組み立てていくのは楽しいですね。面倒なのはそこにいたるまでの細々とした段取り。それより一番苦手なのは男女の濡れ場かな。薬丸さんは書かれてます?

薬丸 ごくまれに。作品でいうと『闇の底』と『友罪』くらいかな。必要があるから書いていますが、あれはなかなか照れますね。

深町 ですよね。デビュー作以外、今日まで一度もセックスシーンを書いていないんですよ。自分の性癖をさらけ出してしまいそうで、恥ずかしいんです。

薬丸 あんなにきつい拷問シーンやバイオレンスは平気で書いているのに。

深町 それはまったく平気。フィクションの拷問シーンって、プロレス技みたいなものなんです。これまで見たことのない斬新な技術や表現を目にすると「この発想はなかったな!」と悔しくなるんですね。自分も負けないように拷問シーンでは知恵を絞りました。って、こういう話をしているから、なかなか恋活がうまくいかないんですよね。

薬丸 恋活してたんだ(笑)。僕が書いているのは少年犯罪や性犯罪で、ある意味では深町さん以上にひどい話です。でも決してそういうものが好きだから書いているわけじゃない。むしろそういう犯罪がイヤでイヤで、人一倍恐ろしいから書いてしまう。そこは深町さんも似ているような気がします。

深町 薬丸さんのミステリーの根底にあるのは犯罪への怒りですよね。

薬丸 ええ。デビュー直後は特にそうでした。それだけでは続けられないので、加害者視点に寄り添った作品も手がけてはいますが、核にあるのは怒りだと思います。

深町 自分はすごく臆病で、できれば暴力なんて一生涯関わらずに生きたいというタイプなんです。でも荒っぽい環境で育ったせいかそういう話がなぜだか気になるし、怖いのに書かずにはいられない。マーティン・スコセッシみたいに、暴力に取り憑かれているんだと思います。

薬丸 これは記事でぜひ強調してもらいたいけど、ひどい話を書く人に限って根は善人ということがあるんじゃないでしょうか。僕や深町さんほどの善人、そういないですよ(笑)。『地獄の犬たち』にしてもバイオレンスなシーンが満載だけど、決してそこだけにこだわった小説じゃない。人間ドラマとして面白いので、この手の小説を初めて読むという方でもきっと楽しめると思いますね。

深町 嬉しいですね。昔の東映のヤクザ映画が素晴らしかったのは、“切った張った”だけじゃなくて、男同士の友情や意地の張り合いといった人間ドラマを描いていたから。この作品でもそこを目指しています。社会の変化もあってヤクザの世界を描くのは難しくなっていますが、現実を反映したうえで、二十一世紀型のアウトローを書いてみたらこうなったという感じですね。異色の警察小説としても読めますし、どうジャンル分けされるにせよ、たくさんの方に読んでもらえればいいなと願っています。

深町秋生(ふかまち・あきお)
1975年山形県生まれ。会社員のかたわら創作を続け、2004年『果てしなき渇き』で第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。翌年同作でデビュー。作品に「組織犯罪対策課八神瑛子」シリーズ、『ダブル』『バッドカンパニー』『ショットガン・ロード』『卑怯者の流儀』など。14年『果てしなき渇き』は、『渇き。』と改題されて映画化された。血湧き肉躍るストーリーと濃密な文体で犯罪小説に新たな地平を切り拓く、最注目作家。

薬丸岳(やくまる・がく)
1969年兵庫県生まれ。脚本家、漫画原作者などを志した後、小説家を目指す。2005年『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。16年『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞受賞、17年「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。他の作品に『闇の底』『悪党』『友罪』『神の子』『誓約』など。少年犯罪などシビアなテーマを扱いつつ、登場人物の心情に寄り添ったミステリーで人気を博している。

取材・文=朝宮運河  撮影=ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2017年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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