明けない夜はなくても、また朝が来ても

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

AM/PM

『AM/PM』

著者
アメリア・グレイ [著]/松田 青子 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309207353
発売日
2017/09/20
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

明けない夜はなくても、また朝が来ても

[レビュアー] ミヤギフトシ(アーティスト)

 大丈夫、泣いている君の姿は誰にも見えない*─R.E.M.
「Imitation of Life」(2001年)の歌詞だ。120の掌編で構成されたアメリア・グレイの『AM/PM』は、賑やかな屋外パーティーを俯瞰で撮りながら、ふてくされてたり事故を起こしたりする人物たちへズームインとアウトを繰り返す「Imitation of Life」の群像劇風ミュージックビデオを僕に連想させた。小さな世界の中である個人が物語の前面に浮上したと思えば後退し風景に埋もれ、また浮かび上がる、その繰り返し。例えば、酷い事故に遭遇することを想像してばかりのマーサとそんな事故には巻き込まれたくないエミリー、全てがサイモンへの愛のシンボルだと信じてやまないベティ、自らが死ぬ瞬間についての考えに囚われたテス、彼女と時々死に方について思いを巡らせるヘイゼル、一緒にヨガ教室に通いながらも会話が嚙み合わないミッシー、フランシス、チャスティティの三人組、理由も知らず謎の箱に閉じ込められ続けているテレンスとチャールズ。彼らは暮らしや関係性の中で身動きが取れなくなりながら、ほんの少しの変化を、本音を吐露する機会が来ることを願うかのように、奇妙な行動で他者の気を引こうとしたり、またはひとり妄想する。ヘイゼルは新しい服を試着した母親に「生まれたてのビッチみたい」と言ってのける。フランシスは魚しか食べなくなり、ミッシーは彼女のことを陰でデブと罵る。そんなミッシーも男とセックスをした後に電話帳を顔に載せて泣いたりする。テスは、自分の左手が鉤爪へと変化していくさまを見ている。
 AM:1、2:PM、AM:3、4:PM……AMとPMの物語が交互に語られるものの、どうやら物語は時系列に沿って進んでいるわけではなく、過去と現在、もしくは未来を行ったり来たりしているようだ。午前、午後、午前、午後、と世界に流れるいくつもの時間の断片を読み進めたり読み返したりするうちに、僕はごく当たり前のことに気づく。午前にも午後にも、同じくらい明るい時間と暗い時間がある。彼らは彼らなりのやり方で、他者という解り得ないものとくっついたり離れたりして、時には打ち負かされたりもしながら、たったひとつの世界に居場所を見つけようともがいている。
 120:PMで、「甘美な被害妄想の兆候がまた戻ってくるのを感じた」エミリーはひとり恐怖を覚えながらも、その先に「私の世界」を見出す。変化の兆しは些細なきっかけでやって来る。そして、そんな気まぐれな予感こそ何よりも尊いものだということを、この世界の人びとはとても奇妙なやり方で教えてくれる。変化の予感は、世界の見え方を変える。冒頭の歌詞が、泣いたって無駄だ、とも、時には隠れて泣いたっていい、とも受け取れるように。そして僕は、とりわけ悲しい末路を辿るテスが、その鉤爪で誰かを傷つけてみることを選択する並行世界を想像してしまう。彼女に違う未来が訪れる可能性を。

*村上春樹、和田誠共著『村上ソングズ』(中央公論新社、 2007年)

河出書房新社 文藝
2017年冬号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加