ロジックもトリックも 貴志祐介の新作

レビュー

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ミステリークロック = Mystery Clock

『ミステリークロック = Mystery Clock』

著者
貴志, 祐介, 1959-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041044506
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

密室破りがたく候。トリック実に忘じがたく候。

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 密室破りがたく候。

 トリック忘じがたく候。

 現在のミステリーでは、トリックよりもロジックが重視される傾向がある。謎の着想が優れているだけでは駄目で、それがどう解き明かされるか、という推理の部分に華が求められるということだ。貴志祐介は、そうした風潮の中で一人異彩を放つ存在である。謎解きのための優れたロジックを提示するのは当然として、トリックも、過去に前例がないものを考案することに固執する。その力量が貴志を、ミステリー界における唯一無二の存在にしているのである。

 新作『ミステリークロック』は四篇を収めた作品集である。探偵役の榎本径(けい)は、防犯コンサルタントを務める人物だが、弁護士の青砥(あおと)純子は、彼には裏の顔があると確信している。豊富な知識を悪用して泥棒に入っているのではないか、というわけだ。

 このコンビが登場する作品はすでに三作が発表されている。特徴は毎回、不可能犯罪が絡むことだ。四冊目の本書では、すべての事件に密室的状況が描かれている。たとえば冒頭の「ゆるやかな自殺」では、防衛のために過剰なほどの防犯設備が施された暴力団事務所の中で起きた事件の謎解きの話なのである。また「コロッサスの鉤爪(かぎづめ)」では、周囲に何もない大海原の真ん中で、男が溺死させられる。現場は高性能のソナーによって監視されており、近づく者があれば音で探知されるはずだった。最も近くにいたのは、三百メートルの海底にいたダイバーだったのである。この魅力ある舞台に怪奇趣味の小道具まで用いられれば、否が応でも盛り上がらざるをえない。

 ルイス・キャロルの物語が味付けに使われた「鏡の国の殺人」もいいが、収録作中の白眉は表題作だろう。人気作家・森怜子の山荘に榎本や青砥を含む客たちが招かれる。そこには怜子が蒐集した無数の時計が陳列されていた。そのコレクションを招待客が鑑賞している間に、怜子は殺害されてしまうのである。彼女の夫は復讐を宣言し、推理によって犯人を特定するよう榎本たちに命じる。

 作中で国内の某有名作品への言及があるように、類似トリックはすでに作例がある。しかし読者を錯誤させるやり方は同じだとしても、これほどまでに手が込み、かつ生み出すのに熱量が必要なトリックは、やはり前代未聞というべきである。榎本による謎解きを聞きながら、読者は作中人物と同じ、背筋のうそ寒くなるような感覚を味わうはずだ。このトリック、実に忘じがたく候。

新潮社 週刊新潮
2017年11月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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