『ホワイトラビット』
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鮮やかすぎるタネと仕掛け 読者を騙すプロの技
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
いやもう、惚れ惚れする腕の冴え。世界レベルのステージ・マジックというか、タネも仕掛けもちゃんとあるのに、見せ方が鮮やかすぎて全然気づかず、「え!? これ手品だったの!?」とびっくり仰天する感じ。
物語の主舞台は、〈仙台の街を見下す高台にある仙台の街!〉というキャッチフレーズで売り出された新興住宅地ノースタウン。その1軒で人質立てこもり事件が発生し、特殊捜査班が出動する。犯人側の要求は、ある男を連れてくることと、テレビ各局に現場を中継させること。
……と要約すると普通の籠城サスペンスっぽいが、背後では様々な人々の思惑がからみあう。
誘拐ビジネスを営む組織の一員なのに、愛妻を組織に誘拐された男。
詐欺師の留守宅に侵入し、金庫から名簿を盗もうとする3人の泥棒。
とんでもない事件に巻き込まれてしまったニートの息子とその母親。
複数のストーリーが錯綜するのに、語りのマジックのおかげで、全然ややこしく見えない。しばしば作中に引用されるユゴー『レ・ミゼラブル』さながら、要所要所で作者からの解説が入り、話をわかりやすく整理してくれる(ただし、手品師の口上みたいなものなので注意が必要)。
鍵を握るのは、わざわざカバー袖で解説されている「白兎」と「オリオン座」。アレとコレが重要ですよと手の内を明かし、それでもきれいにお客を騙してみせるプロの技を見よ。実際、すべての要素が集約される“ある一点”が明らかになったときは、心の中で思わず「そこかよ!!」と叫びましたね。
文体のせいか、新本格ミステリに分類されることがめったにない伊坂幸太郎だが、本書に限っては、まるで新本格ミステリ30周年を祝うような仕掛けっぷり。複数のプロットが合流したときに思いがけない絵が浮かぶという点では、『ラッシュライフ』(2002年)の再来とも言える。数ある伊坂作品の中でも(私見では)五指に入る快作だ。