突き抜けた残酷さに笑いが… 『政治的に正しい警察小説』ほか

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突き抜けた残酷さには笑いこそが相応しい

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 意識の高さを売りにした社会派ミステリー作家のハマナコアキは、編集者に〈従来の警察小説が孕んでいる無自覚な差別性にメスを入れるような作品〉を書いてほしいと依頼される。ハマナコは渾身の超大作を提出するが、次々と差別表現を指摘されて……。

 葉真中顕政治的に正しい警察小説』の表題作は、ポリティカル・コレクトネスとは何かという問いを突き詰めていった果てに広がる異様な世界を描く。あれもこれも差別と罵倒されるうちに、ハマナコの自我が崩壊していくくだりは恐ろしいのに、〈意識高い〉という言葉の使い方など思わずふきだしてしまうところがいくつもある。

 ほかの五編も、突き抜けた残酷さに笑いがこみあげる話ばかり。特に漫画家が女子中学生殺人事件の容疑者になった友人を救うために奔走する「推定冤罪」の後味の悪さは忘れられない。現実味のある問題に対して、常識や倫理のブレーキをぶっ壊し、思考を暴走させる。物語ならではの黒い楽しみが味わえる。

 小森健太朗大相撲殺人事件』(文春文庫)も、一度読んだら忘れられない強烈なインパクトがある。相撲部屋を大学と勘違いしたアメリカ人青年マークが、角界に入り、奇妙な殺人事件に遭遇する連作だ。

 首なし死体、開かれた密室、体の一部を切り取る連続殺人、クローズド・サークル。本格ミステリーではおなじみのテーマが、相撲を絡めるだけでこんなに面白くなるとは! 著者が構想中という『中相撲殺人事件』『小相撲殺人事件』も読んでみたい。

 暗黒ミステリーの傑作短編集といえば、米澤穂信儚い羊たちの祝宴』(新潮文庫)。全五編のなかで、なんといっても「玉野五十鈴の誉れ」が素晴らしい。主人公の純香は旧家の跡取り娘。ある殺人事件をきっかけに屋敷の一室に幽閉されてしまう。使用人で唯一の友達でもある五十鈴と引き離され、食事も満足に与えられず、純香は衰弱していく。五十鈴の「誉れ」の正体が明らかになったときの戦慄を、誰かと共有したくなります。

新潮社 週刊新潮
2017年11月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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