『井筒俊彦の学問遍路』 井筒豊子著

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井筒俊彦の学問遍路

『井筒俊彦の学問遍路』

著者
井筒 豊子 [著]/澤井 義次 [著]
出版社
慶應義塾大学出版会
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784766424652
発売日
2017/09/13
価格
4,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『井筒俊彦の学問遍路』 井筒豊子著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

学者の妻の理想型

 日本が生んだ最高の知性とも言うべきイスラム学の井筒俊彦が亡くなってまもなく25年。作家司馬遼太郎をして「20人ぐらいの天才が1人になっている」と言わしめた碩学(せきがく)は一体どのような日常を送ったのか。どんな学者との交流があったのか。知りたくなるのは当然である。

 井筒は1959年から2年間、ロックフェラー財団の奨学生として世界各地で研究生活を送った。その後カナダのマギル大学やイラン王立哲学アカデミーなどで研究を重ねた。幾多の研究者との交流を深めたことが常に側近(そばちか)くにいた豊子夫人の記述からも十分すぎるほどわかる。

 井筒をマギル大学に招聘(しょうへい)した世界的な宗教学者ウィルフレッド・キャントウェル・スミスとは、86年に行われた天理大学主催の国際シンポジウムで互いに講演者として再会を果たす。その時の模様を夫人はこう書いている。

 「私はこのときのスミスさんと交わす井筒の喜びの顔を見て、心を打たれました。こんなにうれしい顔を、井筒は一度も見せたことはありませんでした」。このときの写真が本書にも載っている。井筒の「心からの破顔一笑」の写真がすべてを物語っているように思う。

 アラビア人文学に関する翻訳書もある豊子夫人は夫亡きあと、井筒の全作品を読み直すことを日課としたという。それゆえ本書自体が井筒哲学の最良の解説書になっているように思われる。井筒はなぜ世界各国の言語を一生懸命追い求めたのか。それは一つの言語には一つの文化があるということ、地理的風土的条件よりも、むしろ言語こそが人間文化の、そして人間意識の構成要素に他ならないと考えたからだ。

 豊子夫人に「学者の妻」の理想型を見る思いがする。だからこそ次の文章には胸突かれる。「井筒は本当には私のことはわからなかったし、私も、井筒が亡くなってから何となく井筒がわかってきたというところがありまして、二人とも無我夢中で四十年を駆け抜けた気がします」

 ◇いづつ・とよこ=1925年大阪生まれ。52年、井筒俊彦と結婚。今年4月に死去。著書に『白磁盒子』。

  慶応義塾大学出版会 4000円

読売新聞
2017年10月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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