『変節と愛国』 浅海保著

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変節と愛国 外交官・牛場信彦の生涯

『変節と愛国 外交官・牛場信彦の生涯』

著者
浅海 保 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784166611416
発売日
2017/09/20
価格
1,015円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『変節と愛国』 浅海保著

[レビュアー] 奈良岡聰智(政治史学者・京大教授)

戦前の「傷」、戦後の活躍

 第二次世界大戦期の日本の政治指導者の多くは、戦後に戦犯とされたり、公職から追放されたりした。幹部クラスの官僚も同様であったが、中堅・若手クラスとなると、戦後も官界で活躍したケースが少なくない。

 外務省では、ナチス・ドイツとの提携を推進した松岡洋右、白鳥敏夫らが、戦犯容疑者として逮捕されたが、彼らを支えた「革新派」ないし「枢軸派」の多くは、戦後に大使クラスにまで昇進している。戦後復興に必要な知識を持った有能な人材を残したのは、現実的な措置ではあったが、種々の軋轢(あつれき)を生むことにもなった。

 本書は、こうした外交官の一人・牛場信彦の評伝である。牛場は、戦前はナチス政権に近い大島浩駐独大使を支えるなど、「枢軸派」の中心と目された。そのため戦後に外務省を逐(お)われたが、三年の浪人生活を経て官界に復帰し、以後経済外交畑を中心にキャリアを重ねた。最終的に彼は、外務次官や駐米大使を歴任し、福田赳夫内閣では対外経済担当相まで務めた。本書では、戦争責任を問われる立場にあった牛場が、官界のトップにまで登り詰めた経緯が検討されている。吉田茂ら「英米派」との緊張関係、外務省と通産省の権限争い、沖縄返還や日中国交正常化をめぐる逸話を織り交ぜながら、彼がいかに日本外交を支えたかが描かれている。

 牛場の歩みは、戦前の「枢軸派」から戦後の「親米派」への「変節」とも見なし得る。実際外務省内には、彼を「A級戦犯」視する厳しい批判の目が一貫して存在していたという。この点に関して、牛場が自ら弁明することはほとんどなかった。著者は、彼は過去を全否定することは拒んだが、自分なりに戦前の言動を総括し、「過ち」を二度と繰り返すまいという覚悟を持っていた「愛国者」ではなかったかと問いかけている。

 牛場のように、いわば「脛(すね)に傷」を持った人物が、戦後も活躍した例は少なくない。戦前・戦後の断絶と連続性について考えさせられる。

 ◇あさみ・たもつ=1947年東京生まれ。順天堂大特任教授。読売新聞東京本社政治部記者、編集局長などを務めた。

 文春新書 940円

読売新聞
2017年10月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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