【平岡陽明『イシマル書房 編集部』刊行記念】出版人のエートス

レビュー

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イシマル書房編集部

『イシマル書房編集部』

著者
平岡陽明 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758441278
発売日
2017/11/01
価格
648円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【平岡陽明『イシマル書房 編集部』刊行記念】出版人のエートス

[レビュアー] 平岡陽明(作家)

 勝ちに乗じるのは容易いことで、退却戦にこそその人の真価が現れるという。
 いま「本」には、危機的なシグナルが灯っている。二十年続く退却戦の真っただ中にいるのだ。
 そんな時代に、希望を謳い上げすぎることなく、かといって悲嘆に安住しきってしまわない人たちの声が聴きたい。書きながら、そのことばかりを願った。その声を充分に響かせることが出来たかどうかは、わからない。
 本書は出版関係者たちの「お仕事小説」でもある。
 出版社オーナーの粉骨、編集者の気苦労、書店人の厚情、作家の物思い、印刷屋や装丁家の矜持……。
 彼らは、誠実になされた「本」の仕事を介する限り、いとも簡単に会社の垣根を飛び越えて、手を差し伸べてくれる。
 エールの交換、フェアプレイの精神、敵ながら天晴れの微笑。これらが、「書物は人間の精神にとって大切な何物かである」と心に秘めて暮らしている人たちの、エートス(真髄)ではなかろうか。
 綺麗ごとを言っているのではない。出版界のはしくれに籍を置いた二十代のころ、私はその実例を何度も目にし、また本で読んできた。
 本書を書き上げることができたのも、その恩恵によるものだ。
 二〇一四年三月のことだった。角川春樹氏に昼食に招いて頂いた。
 席上、氏が言われた。
「昭和のプロ野球球団を背景にした小説を書いてみないか?」
 話すうちに、西鉄ライオンズを素材にすることに決まった。私はその頃、新人賞を貰ったばかりで、右も左もわからず、長編小説の書き方もわからず(これは今もそうだが)、
「僕に、時代や方言の壁を越えられるでしょうか……」
 と、か細い声で漏らした。すると氏は、こともなげに言われた。
「小説とは、根も葉もある?をつき、作品に生命を吹き込んで、読者の心を揺さぶるものだ。大丈夫、きっと越えられるさ」
 このときの鮮やかな驚きは、今も忘れられない。私は途端に勇気づけられ、極上の?をつきたいと願った。
 私は右の言葉をそっくりそのまま、登場人物の岩田鉄夫に言わせた。小説について、いやエンタテイメント作品全般についての完璧な定義だと思ったので、そのまま使わせて頂いたのだ。
 永遠に続く退却戦というものはない。
 いつか終わりを告げるそのシグナルが、「やっぱり言葉しかないじゃないか」と人々が気づく瞬間だと言ったら、希望を謳い上げすぎだろうか。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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