【ニューエンタメ書評】相場英雄『トップリーグ』、桜井美奈『マンガハウス!』ほか

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  • 教場0 : 刑事指導官・風間公親
  • メメント1993 : 34歳無職父さんの東大受験日記
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書籍情報:openBD

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

雨とともに日に日に寒くなってきました。
そんな日は、家でまったり読書も良いですね。
今回は、バラエティあふれる8作品をご紹介します。

 ***

 安倍首相による衆議院の解散。東京都知事の小池百合子氏による、「希望の党」の設立。第一野党である民進党の、事実上の解散……。今、まさに日本の政界は、混迷を極めている。そんなときに、実にタイムリーな作品が刊行された。相場英雄の『トップリーグ』(角川春樹事務所)のことである。
 大和新聞の経済部記者の松岡直樹は、社の都合で政治部に異動した。強い支配力を持つ阿久津部長や、経済部とはやり方の違う政治部の仕事に戸惑う松岡。しかしなぜか、阪義家官房長官に気に入られ、独自の情報を与えられる。
 一方、松岡と同期入社したものの、今では週刊誌の記者をしている酒井裕治は、都内の埋め立て地で発見された一億五千万円の真相を追ううち、昭和五十年代に起きた大疑獄事件“クラスター事件”に行き当たる。だが、取材相手が殺された。事件の闇は深そうだ。それでも酒井は取材を続けるのだった。
 タイトルのトップリーグとは、総理大臣や官房長官、与党幹部に食い込んだ、ごく一部の記者のことを指す。自分でもよく分からないうちに、トップリーグ入りした松岡。かつてトップリーグにいたが、ある事情で、その地位を捨てた酒井。立場を違えた、ふたりの記者のドラマが、クラスター事件(モデルはロッキード事件である)を通じて、クロスしていく。殺人まで起こる展開を、ミステリーとして堪能することができた。
 とはいえ本書で真に注目すべきは、政治部記者のリアルな姿だろう。新聞記者を主人公にした物語はたくさんあるが、意外と政治部がメインになることは少ない。そこに作者は、敢然と切り込んだ。どこまで本当かは分からぬが、政治部記者と政治家の生態が、圧倒的なリアルを伴って読者に迫ってくる。ここが大きな読みどころだ。
 長岡弘樹の『教場0 刑事指導官風間公親』(小学館)は、「教場」シリーズでお馴染みの、警察学校教官・風間公親の刑事時代を描いた前日譚だ。しかし本書でも風間は、教師的ポジションにいる。各署にいるキャリア三ヶ月の刑事を、実際の殺人事件の捜査を通じて指導しているのだ。いわゆるOJT方式である。この設定がユニークだ。
 しかし作者の試みは、まだまだ終わらない。全六話の短篇は、冒頭で犯人を明らかにする倒叙型式(一話だけ違っている)であり、さらに各話に出てくる若手刑事は別人。おまけに風間は犯人をすぐに見抜いており、刑事たちが推理すべきは、真相へと導く風間の態度の意味なのだ。もちろん、ミステリーのサプライズも上々。特に、第一話「仮面の軌跡」のタクシーの小刻みな進路変更と、第六話「毒のある骸」の死ぬ寸前の人間が坂を上がって行った理由は、素晴らしかった。切れ味抜群の一冊である。
 両角長彦の『メメント1993 34歳無職父さんの東大受験日記』(KADOKAWA)は、作者の体験をベースにした、自伝的長篇だ。主人公の柴田元は、編集者の妻と幼い娘を持つ、無職の中年男。長年作家を目指しているが、まったく芽が出ない。そんな柴田が、なぜか東大文Ⅲを受験するも不合格。まじめに勉強していなかったのだから当然だ。それでも東大をあきらめきれない柴田は、本気になって受験勉強を再開するのだが……。
 作家になれないという現実から逃避するように、東大受験にのめり込んだ柴田。家族や周囲に迷惑をかけまくる駄目人間である。そんな柴田が、山あり谷ありの一年間を通じて、しだいに現実を受け入れ、未来に足を踏み出していく。特異な成長小説として、楽しく読めた。
 でも、このストーリー、どこまでが事実なのか。柴田と妻は、なぜか時効間近の少女監禁事件にかかわり、いろいろと振り回されることになる。さらに柴田は、元同級生の引き起こしたストーカー事件にも巻き込まれるのだ。いくら何でも、こんな事件が作者の身に降りかかったとは思えないが、面白いから問題なし。作家は語り部=騙り部であることを、あらためて実感してしまったのである。
 自伝的作品をもうひとつ。藤野千夜の『編集ども集まれ』(双葉社)だ。一九八五年にJ保町にある中堅出版社「青雲社」に入社し、青年漫画雑誌編集部員となった小笹一夫が、編集者や漫画家たちと賑やかな日々を過ごすも、やがてスカート姿で出社するようになり解雇。その後、作家になって、現在に至るまでが綴られている。
 出版社や雑誌の名前こそ偽名になっているが、漫画家及び作品は実名。ということで、漫画好きなら、永井豪の『バイオレンスジャック』や、梶原一騎・原田久仁信の『男の星座』が出てきただけで、どの出版社の雑誌がモデルになっているか分かるだろう。そんな人なら、迷わず購入だ。次々と登場する漫画家や、漫画のタイトル。小笹を始めとする編集者の漫画愛。どのページを開いても、それが溢れている。小笹が抱えている個人的な事情から、会社を解雇される経緯も注目ポイントだが、漫画好きな身としては、漫画に関する部分の熱気が心地よかった。
 それにしても本作は、個人的にいろいろと懐かしい。たとえば小笹がよく行っていた、J保町にある漫画専門の「高岡書店」。私も高校生の頃から出入りし、田舎で見つからないコミックをよく購入したものである。もしかしたら編集者時代の作者と、店内ですれ違ったことがあるかもしれないと、不思議な気分になった。あの頃の記憶を思い出させてもらい、しばしノスタルジーに浸ったのである。
 漫画が重要な題材になっている作品なら、桜井美奈の『マンガハウス!』(光文社文庫)も見逃せない。超人気漫画家が指導する、新人育成プロジェクトに集まった、三人の男女の物語である。
 連載十年を越えて、なおもメガ・ヒット中の少年漫画『魔法の言葉』。その作者の神野拓は、なぜか連載を中断して、新人育成プロジェクトを始めた。多数の応募者の中から、選ばれたのは三人。プロ・デビューしたものの鳴かず飛ばずの滝川あさひ。冷静沈着だが人の気持ちに疎い林一樹。絵は下手だが発想力に光るものがある星塚未来。神野の指導を受けながら、一軒家で暮らす三人は、さまざまな人物との出会いや騒動を経て変わっていく。その一方で、神野が連載を中断した理由が、しだいに明らかになっていくのだった。
 漫画家デビューを目指す三人のキャラクターは、割とよくあるタイプである。だがそれは欠点ではない。よくあるタイプをきちんと描き分けているからこそ、まだ未熟だが、それゆえに真剣な彼らの苦悩が引き立つのである。そこに神野の連載中断の謎が加わり、ストーリーは軽快に進む。神野サイドは創作者の業の物語なのだが、これほど抜き差しならない人間関係の中で、表現するとは思わなかった。詳細は省くが、真実が判明したときは、背筋がゾクゾクしたものだ。それがあるから本書の読み味は、一段と深いものになっているのである。
 百舌涼一の『生協のルイーダさん』(集英社文庫)は、二者択一があると迷いに迷いまくる、優柔不断な大学生・社本勇が主人公。仕送りが乏しく、常に金欠な彼は、ひょんなことから生協のルイーダさんこと井田瑠依の紹介するバイトを始める。しかし、なぜかバイトは二者択一であり、おまけに怪しいものが多い。新薬の治験や借金の取り立てなど、やってはみたが、すぐに失敗。そんな勇のバイトの裏には、予想外の思惑が秘められていた。
 主人公の優柔不断は筋金入りであり、小説だから楽しめるが、実際にいたらイライラするだろう。あるバイトから逃げ出したときは、本当に呆れた。でも、彼はそんな自分を変えようとする。終盤の怒涛の展開(これには驚いた)を経て、いつの間にか勇が、共感できる人間になっているではないか。巧みなストーリーとキャラクターに脱帽である。
 井上雅彦の『夜会』(河出書房新社)は、作者が熱愛する吸血鬼をテーマにした短篇をまとめた作品集だ。まず冒頭の「闖入者」だが、招待状のないパーティーに紛れ込むことを趣味にしている女性の身に起こった出来事が描かれている。吸血鬼の話題ばかりというパーティーの不穏な空気もいいのだが、本作の肝はラストのオチの切れ味だろう。ただし、吸血鬼の知識がないと、何がなんだか分からない。そう、本書は一見さんお断りの話が多いのだ。奇妙な花が次々と紹介される「凍りつく温室」など、吸血鬼関係の深い知識が必須である。でも、それだけに選ばれた読者は、至福ともいうべき血の饗宴に参加できるのだ。
 円城塔+田辺青蛙の『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎)は、作家夫婦が互いに薦めた本を読むという、交換読書日記だ。しかし夫婦揃って、薦める本の幅が広すぎる。吉村昭の『羆嵐』や、倉阪鬼一郎の『活字狂想曲』などはともかく、『お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント』や『立体折り紙アート』など、なぜそれを選んだという本や作品が次々と出てくる。しかも本の内容よりも、夫婦の互いに対する、あーだこーだの方が多い。いったいこれは何なんだと思いつつ、ふたりのディスコミュニケーションぶりが愉快になってくる。読書案内として役に立つかどうかはともかく、作家の私生活に興味のある人、そして面白ければオールOKな人には、自信を持ってお薦めできるのである。
 なお、本書のカバー・イラストは、漫画家の唐沢なをきが描いている。これがロボットの円城塔と、蛙の田辺青蛙による、七コマ漫画になっているのだ。漫画家カバーの小説本は意外と多いのだが、きちんとしたオチの付いている漫画になっているのは、きわめて珍しい。これも含めて“買い”なのだ。

角川春樹事務所 ランティエ
20177年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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