【文庫双六】何とも見てみたい勝新と玉緒の初共演作――野崎歓
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
『かんかん虫は唄う』では14歳の横浜っ子、トムこと富麿少年が溌溂たる活躍ぶりだ。この小説は1955年、三隅研次監督によって映画化されている。三隅は斬新な映像美あふれる傑作を何本も撮った名匠だ。しかしこの映画はなかなか見られない。先般のフィルムセンターでの回顧特集でもたしか上映されなかった。
仕上がりは想像するほかないが、トムを演じているのは売り出し中の勝新太郎。当時23歳とはいえ、そのころの勝新は少年っぽさを残していたから、意外にはまり役だったかもしれない。
勝新本はいろいろあるが、まずはこの自伝だろう。「世話物もどきに生まれ育って」と自らいうその育ちからして、すでに大物感が漂っている。父は有名な長唄の師匠で、歌舞伎や芝居の舞台は見放題。芸者やきれいどころに囲まれて、芸能と遊びのセンスがおのずから鍛え上げられていく。男前だからかなりもてたご様子だ。
近所の奥さんに誘われての初体験が13歳のとき。下の病気までもらってしまったというのだから女難の相である。若き日は花柳界の美女との恋のもつれに苦しんだことが綿々と綴られる。
だが映画界に入った直後、手練れの勝新の前に「こんなういういしい“女の子”って感じのする娘さんの笑顔は見たことがない」というほど可愛らしい少女が現れる。中村玉緒だった。二人の記念すべき初共演作が『かんかん虫は唄う』。この映画、やっぱり見てみたいものだ。
結婚後の豪快な遊びっぷりや色事についても触れられているが、玉緒さんの存在感は少しも揺るがない。何しろ例の「パンツ」事件の騒動のただ中、パトカーに先導されて帰宅した夫を「パパがこんな大物だってこと、初めて知りましたがな」とにこやかに迎えるのだから肝の据わり方が違う。やんちゃ放題の夫に鍛えられた賜物というべきか。
「もし『お金苦労日本オリンピック』があったら、女優部門の金メダルは間違いなく玉緒」と勝新は讃えるのである。