『淳子のてっぺん』
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<東北の本棚>二つの高い「壁」に挑む
[レビュアー] 河北新報
女性登山家として世界で初めてエベレスト登頂を果たした田部井淳子さん(福島県三春町出身)。男女差別が色濃い時代、「女に登れるわけがない」と冷笑されながらも、女性だけで登山隊を結成し、世界最高峰を制覇した彼女をモデルにした物語を直木賞作家が小説化した。
自然豊かな福島県で育った淳子は大学進学で上京し、都会暮らしで心身が疲弊してしまう。気分転換に東京近郊の登山を楽しむうちに自分を取り戻し、山岳会の仲間とも出会ったことで本格的にのめり込む。国内の難関の高峰を踏破し、海外遠征の話も持ち上がる一方、彼女の前には常に「女のくせに」という壁が立ちはだかる。登場人物は全て仮名だが出来事は基本的に事実を踏まえているという。
物語の骨格は二つの挑戦だ。一つは未踏峰を究めたいという登山家としての成長譚(たん)。厳しい訓練を重ね、仲間の墜落死を乗り越えて、ついにはヒマラヤに挑む。仲間と同時にライバルでもある女性隊員同士の摩擦も描かれる。
もう一つは「女は結婚して家庭に入り、夫に尽くすのが幸せ」といった封建的な良妻賢母像を押し付けてくる世間や、「ここは女なんかが来るところじゃねえんだよ」と侮辱する男の登山家に反発し、自分らしく生きることを貫く戦いだ。好きなことを見つけて一歩一歩足を運べば、つらく苦しくても必ず夢はかなう。作中に込められたメッセージは、今なお男性優位の社会で苦闘する全ての女性の背中を優しく押してくれることだろう。
田部井さんは昨年10月に死去。生前にインタビューなどの取材を重ねたほか、現地をこの目で見ようとエベレスト街道を17日間かけてトレッキングし、標高5000メートルに立った。
著者は金沢市生まれ。「肩ごしの恋人」で第126回直木賞。「愛に似たもの」で第21回柴田錬三郎賞。
幻冬舎03(5411)6211=1836円。