正にカズオ・イシグロ祭り 全作品111万部の増刷!
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
先月5日に業界を駆け巡った「カズオ・イシグロ、ノーベル文学賞受賞」の報せ。翌日のニュースでは、開店直後から全国の書店で在庫切れが続出する様子が何度も報じられた。早川書房は急遽、最新刊『忘れられた巨人』の文庫の発売を前倒しするとともに、同社が発行している全イシグロ作品の計111万部増刷(電子書籍含む)を決定。累計発行部数は208万部に達することとなった。
「“コアな海外文学ファンの総数は3000人程度”とも言われている昨今、大ヒットした映画の原作でも数万部単位で増刷できれば御の字なんですが……正直、嬉しい悲鳴以上にびっくりしています」(書店関係者)
とはいえ海外文学ファンにとっては、カズオ・イシグロといえば超メジャーな存在だ。代表作『日の名残り』は、熱心な本読みのあいだで「最も信頼のおける賞」とも目されているブッカー賞を受賞している。また、『わたしを離さないで』は日本でもドラマ化された。実際、読んでみればわかることだが、「記憶」や「人間の弱さ」といったテーマは深遠でありつつも普遍的、文章はあくまで平易で読みやすい。要するに、「海外文学」という垣根を越えて橋渡しできるきっかけさえあれば、一気に浸透する素地は充分にあったわけだ。
「受賞が決まった時に印象的だったのは、既存のファンの方々が次々に応援のメッセージをあげてくださったことです。SNS上で自分なりのベスト作品を発表したり、解説やレビューをブログにアップしてくださったり。つくづく愛されている作家さんだなと実感しました」(担当編集者)
もちろん、そんな愛読者たちのニーズにしっかり応えてきた版元側の努力も忘れてはならない。絶版の憂き目にあうことも多いこの業界において、イシグロ作品はいずれも新品で入手可能。しかも文庫化されているという点も大きい。
いまだに電話やFAXを通じたアナログな受注がメインだという同社。願わくは、鳴りやまない電話を片手に自ら本を担ぎ書店へ直納しているスタッフにボーナスがあらんことを。