宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その10――作家生活30周年記念・特別編

レビュー

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地下街の雨

『地下街の雨』

著者
宮部 みゆき [著]
出版社
集英社
ISBN
9784087488647
価格
562円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その10

[レビュアー] 佐藤誠一郎(編集者)

 今年、作家の宮部みゆきさんが、作家生活30周年を迎えられます。この記念すべきメモリアルイヤーに、宮部みゆきさんの単行本未収録エッセイやインタビュー、対談などを、年間を通じて掲載していきます。今回は特別編として新潮社で宮部みゆきさんを担当して25年の編集者で、新潮講座の人気講師でもある佐藤誠一郎が数ある名短編の中から選りすぐりの作品を紹介します。

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 このあたりで、また現代物の短編に戻ってみることにします。

 短編集『地下街の雨』(集英社文庫)。これほどバラエティ豊かに、色んな味わいの作品が収められた作品集も珍しいと思います。深夜のタクシー乗り場から語り出される怪談あり、イタズラ電話をモチーフにしたSFあり、自称「音波Gメン」のキリハラさんという「宇宙人」が家族を救うハートウォーミング・ストーリーありといった具合で、一冊数百円の文庫なのに、ホント、お得感ありです。

 さて、表題作の「地下街の雨」。ビックリすること請け合いの、人気度の高い作品です。

「ずっと地下街にいると、雨が降り出しても、ずっと降っていても、全然気づかないでしょ? それがある時、何の気なしに隣の人を見てみると、濡れた傘を持ってる。ああ、雨なんだって、その時初めてわかるの」

 地下街の喫茶店に勤め始めた主人公が、いつも窓際に座る常連客の曜子にかけられた言葉です。「裏切られた時の気分と、よく似てるわ」と、彼女は続けます。失恋の痛手さめやらぬ主人公はたちまち同調する……。

 主人公は店内に流れる有線放送のリクエスト曲をきっかけに曜子と親しくなり、打ち明け話を交わすようになったのですが、ある時を境に曜子の立ち居振る舞いが変わってゆく。

それはちょうど、主人公の旧知の男性が店に現れて、ふたりの距離が接近し始めたタイミングでのことでした。嫉妬心からなのか、それが本性なのか、それ以降の曜子の行動は異常としか言いようがない……。

 ところが――。これまでの経緯がそっくり裏返しになるような衝撃の展開が待っていて、ラストは「もう傘なんか要らない」というハッピーエンド。

 謎の欠片ひとつひとつが猛スピードで解決編へ向けて歩調を合わせ、無理なく説明がつくように進んでゆきます。これはど綿密に出来たドライヴ感たっぷりの恋愛サスペンスも、そうはお目にかかれないはずです。

 今の宮部さんだったら、曜子の変容から先を全く別のストーリーにするかも知れない。でもこの短編、この姿のままで味わいたいですね。

Book Bang編集部
2017年11月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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