宮部みゆき インタビュー『ソロモンの偽証 第I部 事件』―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

インタビュー

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ソロモンの偽証

『ソロモンの偽証』

著者
宮部 みゆき [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101369358
発売日
2014/08/28
価格
810円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

刊行開始記念インタビュー『ソロモンの偽証 第I部 事件』

[文] 宮部みゆき(作家)

宮部みゆきさん『ソロモンの偽証』刊行開始記念インタビューです。実は初の法廷ミステリーにして、宮部ワールドが結実した本作。タイトルの秘密も明かされた貴重なインタビューです。

 ***

 学校で法廷を

●宮部さんはかつて法律事務所にお勤めでしたから、この大作法廷ミステリーに、いわば運命的なものを感じます。

宮部 実は私、法廷ミステリーは初めてなんです。ただ、中学校三年生の生徒たちが課外活動という名目をもらって、許可を得て学校内裁判をやるという設定なので、我が国で行われている実際の裁判とは全く違いますし、陪審員制ではあるのですが、陪審員も十二人でなく九人しかいないんですね。とても変則的な形になっています。でも、海外の法廷ミステリーによく出て来るシーンを自分が書いているということは、とても楽しかったです。

●この大胆な設定、何かに触発されたということは?

宮部 一九九〇年に神戸の高校で、遅刻しそうになって走って登校してきた女子生徒を、登校指導していた先生が門扉を閉めたことで挟んでしまい、その生徒が亡くなるという事件がありました。その後、この事件をどう受け止めるかというテーマで、校内で模擬裁判をやった学校があった。それがすごく印象に残っていたんです。

●警察捜査というような次元での事件解決と、生徒たちにとっての解決では、当然意味合いが大きく違いますよね。

宮部 実社会だったらこのぐらいのことでは起訴されない。関係者が事情を聞かれることはあっても、物証がないし、あるのは風聞だけ。その風聞や根拠のあいまいな告発状だけで、関係者の生徒が殺人者だと言われている。そこを何とか解決しようとするわけで、物的証拠がない状態でどうやってこの裁判を進行するのかという点に一番苦労しました。筋書き上の苦労というよりは、登場人物の気持ちの整理ですね、心のよりどころをどこに持っていかせるか。特に主要登場人物の一人で、この作品をずっと引っ張っていく女子生徒が、最初は弁護側にいて、事情があって自分が検事にならなきゃならなくなる。そのときの彼女の気持ちの整理のつけ方が難しかったです。段階的に、ここまでは割り切って引き受けよう、ここではもっと踏み込まなきゃならないとか……。最後いろいろ書き直すことになりました。

 現実の中学生に救われる思いが……

●学校という空間は、聖域という側面ばかりが強調されがちですが、実社会と相似形になっている点に気づかされます。

宮部 ちょうどこの作品の最後の仕上げをしているときに、滋賀県の大津の中学校で生徒さんが自殺して、最終的に警察が捜査に踏み切ることになった。報道を見ていて、学校に司法警察が入るというのは大変なことなんだなということを改めて実感しました。この作品の中では警察はあまり役に立たないんですね。私が何とかしましょうと、個人的に介入した女性刑事も大したことが出来ずに、むしろ事件を混乱させる要因の―つになっていたりする。ただ大津の事件は、彼女に「私たち警察官は、学校内の活動には軽々に介入できない。警察が学校の活動に介入するのは由々しい事態なのだ」と言わせるきっかけにはなったんです。それぐらい学校というのは本来自律的なものであるはずですよね。

 でも、大津の中学校の、特に同級生たちは、大人たちよりはるかにしっかりしていましたね。亡くなった同級生のために至らなかったところを悔やんだり、事実をはっきりさせてほしいと願う言葉が、アンケートや取材で出てきていました。この作品でも、裁判に関わる中学生たちって先生よりよほどしっかりしているんですが、大津の学校の事件で勇気を持って発言した生徒さんたちのおかげで、私の書いたフィクションが一〇〇パーセントの作り物にはならなかった。頭が下がるような気持ちでした。

新潮社 波
2012年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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