宮部みゆき インタビュー『ソロモンの偽証 第I部 事件』―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ソロモンの偽証

『ソロモンの偽証』

著者
宮部 みゆき [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101369358
発売日
2014/08/28
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

刊行開始記念インタビュー『ソロモンの偽証 第I部 事件』

[文] 宮部みゆき(作家)

 七人の侍

●生徒たちが教師を向こうに回して、障害をはねのけて法廷を形成していこうじゃないかという第II部「決意」、その法廷要員のリクルート話がすごく面白いです。

宮部 作中でも、さっきの女子生徒の母親に「七人の侍」と言わせているんですけれども、実際、「七人の侍」みたいにしたかった。あるいは「大脱走」。トンネルを掘る掘り手を探し、書類を偽造する人を探し、また土の処理の仕方を考えるとか、いろいろ手分けして最終目的に向かってゆく。ただ、第I部で事件がよくない方へよくない方へ転がっていって暗澹とした気分が広がる後を受けて、生徒たちが立ち上がる第II部、ここはうまく転がしていかないと法廷までつながりませんから、やはり勝負どころだなと思っていました。

●シチュエーションを読者に提示した段階ですでにワクワク、宮部さんはそういう作家。法廷のキーパースンの劇的な登場が局面を変えてゆくところなども実に読ませます。

宮部 ちょっと匂わせておいたんです。ミステリー好きな読者なら、すぐに、ああこいつが臭いなと感づくでしょうし、犯人が誰だかわかると思うんです、多分。ただ、なぜこの人なのかということだけは、やはり法廷でしかわからない。最近、書評などで指摘されるんですけれども、現代物でも時代物でも犯人隠してないよねって。実際、隠してないんです(笑)。周りがこの人が犯人だと気づいていく経過を書くことのほうが自分では楽しくなっている……。

 宮部作品の家庭像

●これまで多くの少年少女とその家族を描いてこられた宮部さんは、アンバランスな家族を描く天オで……。

宮部 十三歳か十四歳くらいのときは、どんな子でもうちの家庭は変だと思っていますよね(笑)。大人になるとあの程度の変さはみんな普通だと思うようになるけれど、自分ほど変な家庭で苦労している子供はいないと固く信じ込んでいる。その感じを是非出したかった。それから『小暮写眞館』でも使ったテーマですが、家族の中である子供がスポットライトを浴びてしまうと、その皺寄せが他の兄弟にいく。発達障害のある子がいたり、早くに亡くなった子供がいるといった場合、ずっとその影を残りの兄弟姉妹が引きずっていかなければならない。アメリカのメンタルな医療機関には、そうした兄弟関係の心理学的アンバランスをフォローしてゆく体制があるそうです。私は作中で、ある家族についてこのテーマを使いました。家庭って選べない。親兄弟を選んで生まれてくることは誰にも出来ませんよね。自分がどうすることもできないことの最たるものだと思うんです。一方、血縁はないが固い絆で結ばれた家族、これもよく書くんですが、今回も登場させました。家族は素晴らしいものだけれど、血縁だけが素晴らしいものじゃないという意味で。

●この作品の人物像、家族像は、そうした宮部ワールドの流れを発展させたものということになりますね。

宮部 一番好きなのは、少年少女と大人を組み合わせて書くことですね。そこに一人、老人が入ってきたり、ちっちゃい子が入ってきたりする、そのパターンがすごく好きなんです。今回は多くの登場人物の中で、ああ、わかるわかる、私の担任もこういう先生だったとか、同級生にこういう子いたなとか、こいつに一番共感できる、というふうに読んでいただければ嬉しいですね。

●宮部さんは『龍は眠る』以外、一人称を用いない作家ですが、あえて言えば御自分を投影した登場人物って誰でしょう。

宮部 極力自分は消えていたいというタイプなんですが、部分的に、ああ、こいつは私だと思ったのは茂木悦男です。こいつの思い込みの強さ、俺が俺が、みたいなところは、ああ、もうコイツ私、という感じでした(笑)。強引なところ、腹黒いところ、でもそれなりに一生懸命に正義を求めている……。そして学校が嫌いなんです、この人は。

新潮社 波
2012年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク