北村薫×宮部みゆき 対談「時を超えて結ばれる魂」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

対談・鼎談

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『スキップ』

著者
北村 薫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101373218
発売日
1999/06/30
価格
935円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

時を超えて結ばれる魂

 少女のリアリティ

宮部 真澄さんは戦時下の少女ですけれど、その生活は女学生らしい楽しみに充ちていて、お友達の八千代さんの家でのお正月のかるたとりの場面なんか、優雅でステキで……。
北村 その辺りは、書いていると自然に出てきますね。

宮部 不思議ですねえ。北村さんは時々、小さい女の子になって時間を遡って、あの辺りで少女時代を過ごしているんじゃないかというふうな気がしちゃうんですよ。

北村 男の子と女の子は遊ばない、とか現代と違う潔癖なところがあって、そう、昔はこうだったんだよ、と今の人に伝えたいというのはありますね。

宮部 とても魅力的な女の子が三人登場しますが、苛酷な時代にそれぞれの生き方をした、真澄さん、八千代さん、優子さん、どの子がお好きですか。

北村 それは難しい質問ですね。八千代さんという人は話のなかではちょっと悪役みたいな感じになるけれど、戦後民主主義を支えたのは、彼女のような人だったわけだし、また友達だったら、すごく頼りになると思いますね。基本的に、いい人、悪い人といえないんですよね。優子さんはやっぱり魅力的な人ですしね。

宮部 もしかしたら優子さんは作家や芸術家になるようなタイプだったかもしれませんね。これだけの時が流れているということで、登場人物が成長するのはもちろんなんですが、人間にはいろいろな面があるっていうことが、時の流れとともによく見えてくる。特に八千代さんの場合はすごくよくそれがわかるんですよ。

北村 書いていて難しかったのは、戦中は事件がたくさんある。だからそれに反応する人の性格や人間の在り方なんかも、割と裸になってみえるんですが、昭和三十年代の小学生の日常というと、ドラマがない分、書きにくいところが多かったですね。

宮部 戦争というものが、あえて括弧付きでいいますが、「大変感動的なドラマ」として始まりますよね。真澄さんはお母さんに「あまり、気持ちを上ずらせては駄目よ」と言われています。

北村 そういう雰囲気だったと思うんですよね。その当時の人に聞いても、戦争が始まったからにはやらにゃあいかん、という感じだったという人が結構多いのです。

宮部 当時の感覚というのはそういうものでしょうね。お母さんが真澄さんをたしなめるシーンは、すごく印象的でした。

北村 ―つ前の世代だったら、わりと冷静な目で見られるんですよね。でも、当時、高等女学校とか中学生ぐらいだったら、批判的な目は持ちにくいと思いますね。

宮部 それだけに、戦後に日本が変わっていく時に一番戸惑いを感じた世代だとも思います。そういう傷を背負って戦後を生き抜いた女性たちのことを改めて考えさせれました。

 知りたいことが向こうからやってくる

宮部 でも、これだけの時代を書いていくためには相当、お調べになったでしょう。

北村 色々と読んだりもしましたが、現実にその時代を生きていた方に取材できたことが大きかったですね。

宮部 必要なことが、向こうから飛び込んでくることってありますよね。

北村 この作品では、戦前に中原淳一さんが描いた「啄木かるた」を登場させたんですが、書き終えた頃に河口湖に中原淳一美術館ができて現物を見ることができました。でも「啄木かるた」にしたって現物を見せるわけにはいかない。小説だから文章の範囲で何とか表現できればと。歌にしても「丘を越えて」とか「唯一度だけ」とか繰返し出てくるんですが、メロディは出せない。

宮部 私は「丘を越えて」は知っていたから、メロディが聞こえてきました。麦畑のシーンなどは、あの曲を聞きながら書いていたんですか?

北村 「唯一度だけ」を聞きながら。

宮部 これはCDをつけて売ってほしいくらいです。

 子の中に親がいる

宮部 『リセット』を読みながら、北村さんが以前おっしゃっていた言葉を思い出しました。ちょうど体調を崩された後だったか、ご両親が亡くなられてから、自分が身体の具合を悪くしたりすると、親に申し訳ないな、と思うって、おっしゃってましたよね。「せっかくもらった身体を痛めてしまいました」って、とっても切ない気持ちになるって。作中に、「子のなかに親がいる」っていう言葉が出てきて、それを思い出しました。「子の中に親がいる」、いい言葉ですよね。私、すごく好きです。

北村 そうおっしゃってくださるとうれしいです。

宮部 北村さんがご両親を見送られてお感じになったことが、この『リセット』の中には強く生きていると思いました。この小説は愛し合い、想いを伝えあう男女の物語でもあるんですけれども、一方で、やはり親から子へ、子から子へと伝えられる命の物語なのですね。「我々は死んだりはしない」という印象的な言葉が出てきますが、それは単なる輪廻とか生まれ変わりということだけじゃなくて、親から子へ想いが継承されていくことや、次世代の人たちがの世代のことを忘れないでいる限り私たちは死にはしないんだと、私はそういうふうに読んだし、若い読者の方もそういうことを感じとって欲しいなと思いました。

北村 具体的には、父母のことがあるし、いまおしゃっていただいたような、前の世代から、次の世代へ、そしてまた、その次の世代へ、というつながりのようなものを感じて書いていましたね。若いうちよりも年を重ねてくると、そういう想いが強くなるんですよ。
宮部 そのあたりのことが、行間からにじんできます。あんまり言っちゃいけないんだけれど、これぐらいはいいかな。『リセット』はとってもハッピーなお話なんです。読者ひとりひとりの年齢とか、立場とかで、それぞれに違う「じーん」となり方があると思いますね。読者一人一人に、自分の時の流れみたいなことを考えさせるような力のある作品だと思います。

北村 読み終えたときに、ああ時が流れたなあ、と感じてもらえたら、うれしいですね。それが小説のひとつの功徳だと思います。すうっと頭の中に時の流れた感じというのが浮かんでくれればいいな、と。

新潮社 波
2001年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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