北村薫×宮部みゆき 対談「時を超えて結ばれる魂」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

対談・鼎談

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『スキップ』

著者
北村 薫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101373218
発売日
1999/06/30
価格
935円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

時を超えて結ばれる魂

 好きな場面、好きな言葉

宮部 とっても好きなシーンがあるんです。昭和三十年代の和彦少年が真澄さんと一緒にいて、事故に遭うところ。真澄さんが、事故の直前、「もしものことがあったら、わたし、あなたのお母さんに合わせる顔がない」って言うところです。

北村 それは、ぜひとも言いたいせりふでした。そのまえに彼女は彼の母親に会っている。だからそういう想いが来るんです。

宮部 なんて気持ちのいいせりふだろう! と思って。『リセット』は恋愛小説でもあるけれど、今、語られている恋や愛のなかには、この感覚は少ないと思うんですよ。あなたに何かあったら、あなたのご両親に申し訳ない、という感覚は、薄れていると思うんです。人に恋したり、愛したりする感情が、相手を思いやるということなら、そのなかには必ず親のこともあるはずなのだけれど――。

北村 古いやつなんでしょうけれども。

宮部 「合わせる顔がない」っていう言葉、久しぶりに聞きました。背筋が伸びた、りりしい言葉ですよね。

北村 共感してもらえたらうれしいです。こういう女の人、今もいると思いますが。

宮部 ブルッとするほど、感動しましたね、よくぞ書いてくださいました!

 楽しんで書いたさまざまなシーン

宮部 いい作品はみんなそうですけれど、少しずつ自然に材料が集まってきて、あるとき発酵してパーッと、さあ書いて! というふうになることがありますよね。

北村 これがこうで、あれがああなって、あれも使える、ということになる……。

宮部 あの、セーラー服で、麦畑を走ってくるシーン、あの瞬間だけでも切り取ったように絵になっていて。きっと御自身でも書きたいところだったんでしょうね。

北村 ああなって、最後に獅子座流星群がでる。そこまで早く行きたいと思って書いていました。『リセット』には、他にも真澄さんと優子さんの橇(そり)すべりとか、飛行艇が飛びたつところとか、書きたい場面がいっぱいありましたから楽しかったですね。

宮部 あの、飛行艇が飛ぶシーン、良かったですね。「紅の豚」を思い浮かべました。宮崎駿さんがアニメ化してくれないかなあなんて思いましたよ。

 父と子の獅子座流星群

宮部 ラストシーンの獅子座の流星群は、すばらしく感動的で、これしかない、というシーンですね。私も物書きですから、こう来たか! と。ところで、この間の流星群は、ご覧になったのですか。

北村 見ました。

宮部 私は起きられなくて(笑)。『リセット』のなかで見せていただきました。

北村 子どもの頃『愛の一家』という本を読んでいたので、そこに出てくる獅子座の流星群と言うのが印象に残っていましてね。それと、亡くなった父の若い頃の日記を読んでいたら、昭和七年のところに獅子座流星群を見る、というのが出てきたんですよ。

宮部 お父様も、見ていらしたんですね。

北村 「期待の獅子座流星群。夜食にうどんを食べながら見ると、向こうの空に」なんて書いてある。へえっと思って。父が昭和七年に獅子座流星群を見ていて、私が『愛の一家』でその話を読んでて、今度また、それがやって来たなんてことになると、これは話に使わない手はないよな、と。

宮部 ドラマですね。

北村 頭の中で、うん、これは、『リセット』の話だ、というふうになりました。

宮部 何か、このエピソードをお父様から、いただいたようなところがありますね。それこそ、まさに「子のなかに親がいる」というお話ですね。

北村 実は、父の日記がかなりたくさん残っていまして、それをワープロで書き起こしたりしているんです。小説にそういうものを使ったことはなかったんですが、今回、こういう形で生かすことができて、そこから触発されることもあったりして、面白いものですね。

宮部 もう―つの『リセット』ですね。

北村 父は若い頃、「童話」という雑誌に投稿していて、それも残っているんですが、今読むと、いろいろなことを感じますね。

宮部 血ですね。やっぱり血のなかに言葉が流れているんだ。

北村 それはどうなんでしょうね。

宮部 『リセット』という作品にこのエピソードがふさわしいのは、やはりお父様が北村さんのなかに脈々と生きていらっしゃるってことだと思いますしね。

北村 そうありたいですね。

宮部 それでは、和彦少年の日記というのも実際に北村少年の?

北村 そうです。私の日記はほんの少しだけ残っていたんですが、そのまま使いました。忘れてしまっていることも多くて、「よく書いておいてくれたね」と、当時の自分に礼を言いたいような気持ちでした。

宮部 あの少年もいいですよね。「おばさん」へのほのかな恋心、ぐっときますねえ。あ、このことも、これ以上説明できないんですが……言えない、言えない。きらきら光るパズルのかけらが寄ってくるみたいに書ける作品ってあるんですよね。今回は、そのかけらが何年もかけて集まっていって。

北村 何かほんとうに、こう、いろいろと、自然にきましたね。

宮部 この作品に使ってもらうために、すべてがもう一度現れたような。これを書き終えて、さて、四つめ、というのは、もうないのでしょうか。もう、書き終えた、という感じですか。

北村 何か思いつけばね。でも時と人というテーマはずっと考えていくでしょうね。

宮部 また、書いてください!

新潮社 波
2001年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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